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湯浅誠に対する池田信夫のみっともない嫉妬
この年末年始、国内でもっとも注目を集めたのは、「年越し派遣村」をめぐるニュースであり、村長を務めた湯浅誠は、いまや日本でもっとも注目を集めている人物の一人だろう。
当ブログは、朝日新聞がこれを大きく扱わなかったことを非難してきたが、もっと滑稽だったのは権力や御用文化人の反応である。
派遣村に集まってきた人たちに対して、「本当に働こうとしている人か」と述べたのは、坂本哲志総務政務官である。この発言を報じた毎日新聞の記事には、およそ270件の「はてなブックマーク」がついたが、うち33件に「これはひどい」というタグがついている。「はてブ」の3分の1に「これはひどい」のタグがつけられた城内実には(ネットの世界では)及ばないが、大顰蹙を買ったといえる。
ところが、2ちゃんねるやmixiの日記などでは、この坂本発言を支持する声が多いのだという。いや、『Munchener Brucke』が採集して提示したように、坂本発言を擁護しているブログがゴマンとある。テレビで彼らを煽っているのはみのもんたである。いや、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」とか、ハローワークで「何かありませんかと言うんじゃ仕事は見つからない。目的意識がないと雇う方もその気にならない」などと発言した麻生太郎首相自身が、コイズミ内閣の頃時代を席巻した自己責任論を再び撒き散らしている。麻生は、いくら積極財政論を唱えようが、本質的に新自由主義者である。
現在、日本の支配層の知的水準は際立って劣化しており、権力が崩壊していく時というのはいつもそうなのかと思わせるほどだ。単に漢字が読めないだけではなく、その無教養ぶりを日々露呈している麻生太郎もそうだが、「経済学者」であるらしい池田信夫という人物もその悪例に挙げられる。
以前、「kojitakenの日記」で、池田が「地球温暖化陰謀論」なるトンデモにはまっていることをご紹介したが、当該エントリからリンクを張った『シートン俗物記』の指摘によると、池田は、従軍慰安婦否定論、沖縄集団自決否定論、捕鯨問題などにも首を突っ込んで、毒電波を撒き散らしているようだ。学界ではまともに相手にされていないのではないか。少なくとも、私は池田を「経済学者」とはみなしていない。
その池田が、ブログで「「派遣村」の偽善」なる、呆れたエントリを挙げている。2ちゃんねるでは絶賛されているのかもしれないが、「はてなブックマーク」における評判はかなり悪い。私に言わせれば、この池田のエントリは、どこがどう悪いという以前のレベルのものだ。
ところで興味深かったのは、これだけではおさまらなかった池田が、「反貧困―「すべり台社会」からの脱出」というタイトルのエントリを挙げてきたことだ。
内容は、同名の湯浅誠の著書に対する単なる悪口だが、このエントリを読んでいて、池田がこんな駄文を書いた動機がわかった。
池田もエントリ冒頭で書いているように、この本は昨年暮、朝日新聞者が主催する「大佛次郎論壇賞」を受賞した。
http://www.asahi.com/culture/update/1213/TKY200812130197.html
朝日新聞の論調自体は、必ずしも「反貧困」の方向性を持っているとはいえないが、この湯浅の名著に論壇賞を授与する程度の良識は残っているようだ。そして、池田は明らかに湯浅誠に嫉妬している。
などとわざわざ書いて、対抗心をむき出しにしているし、なんといってもお笑いなのは、彼の経歴も東大法学部の博士課程修了と、普通の「プロ市民」とは違う。
というくだりだ。おいおい、と思ってしまった。これをちょっと言い換えると、本書のような「社会主義2.0」では、朝日新聞や岩波書店などの滅びゆく左翼は喜ぶかもしれないが、若者はついてこないし、政策論議としても建設的なものは出てこない。
となる。池田信夫のような「新自由主義2.0」では、自民党や竹中平蔵一派などの滅びゆくネオリベは喜ぶかもしれないが、若者はついてこないし、政策論議としても建設的なものは出てこない。
とにかく滑稽なのは、池田信夫の湯浅誠に対する強烈な嫉妬心であり、これが池田にくだらないエントリを書かせた動機なのだ。みっともないの一語に尽きるが、こういう人間のありようが露骨な形で示されるのが新自由主義時代の日本の特徴なのかと思ってしまった今日この頃である。
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作者:kojitaken
更新日:2009年1月8日 7時20分
昭和天皇没後20年と戦争責任問題から新自由主義を考える
今日1月7日は、昭和天皇の命日だ。没後20年にあたる。
昭和天皇は、約4か月間がんと闘病した末、息を引き取った。その間、大げさな歌舞音曲の自粛騒ぎがあったが、天皇死去のおよそ1か月前、本島等長崎市長(当時)が「天皇に戦争責任はあると思う」と発言して波紋が広がった。この本島発言によって、かろうじて昭和天皇の生前に戦争責任の問題が議論された。
もちろん、戦時中の昭和天皇の立場が難しいものだったとは思うが、どう考えても戦争責任がなかったはずがない。世を去って歴史上の人物となり、過剰な敬語も用いられなくなるのを見て私は、これから徐々に昭和天皇の戦争責任の問題も冷静に議論されるようになり、重大な戦争責任があったことが国民の常識になるだろうと予想していた。
しかし、それから20年。必ずしも私の予想した通りにはならなかった。それどころか、世論は徐々に右に傾いていき、あろうことか東条英機の復権まで図られるありさまだ。産経新聞や極右文化人は、先の戦争は裏でコミンテルンが糸を引いていた、などという陰謀論を言い出す始末で、昨年も田母神俊雄の「論文」問題で話題となった。
産経新聞や極右文化人のほか、一部の保守政治家も妄言をしばしば吐き、それが周辺各国を蔑視する排外主義的な言動につながり、普段「反貧困」に熱心な「リベラル」を自称する人たちの一部までこれを容認している。
こんな状況になってしまった原因として、昭和天皇の戦争責任を問わなかったことを挙げざるを得ない。天皇でさえ責任を問われなかったのだからとばかり、A級戦犯容疑で逮捕された岸信介は、それからわずか12年で総理大臣に就任した。岸はアメリカCIAから資金援助を受けていたことが、後年公開された当時の機密文書から明らかになっている。
今、日本は敗戦時以来の危機的状況にいると思うが、再建のために必要なのは、現状を招いた政治の責任者を厳しく追及することだ。昭和天皇と東条英機に相当する責任者は、いうまでもなくコイズミと竹中平蔵である。この二人は、重罪を犯した犯罪者として、二度と政治や言論の表舞台に立てないよう、徹底的に批判する必要がある。
さらに、新自由主義の開祖である中曽根康弘と、その協力者である渡邉恒雄(ナベツネ)の責任も重い。この二人は、憲法改定の道を切り開いたことについても責任を問いたい。経済政策に関してナベツネは、市場原理主義に反対すると主張しているが、新自由主義の開祖・中曽根に批判が及んでいないのは片手落ちだ。そもそも、著書などでナベツネ自身が明らかにしているように、ナベツネはもともと経済問題には関心の薄い政治記者だった。だから、読売新聞の新自由主義批判は、ほんの上っ面をなでた程度のものにしかならない。
許されないのは、かつて新自由主義の旗振り役を務めていながら、自民党政権が怪しいと見るや、泥船から逃げ出して新政権にも参画しようとたくらむ新自由主義者たちであって、その筆頭が渡辺喜美である。山本一太や塩崎恭久らなども、渡辺の尻馬に乗ろうとしている。
民主党も、かつて自民党と「カイカク」を競った政党であり、路線を転換してから3年近くになるとはいえ、党内に多くの新自由主義勢力を抱える。だから、共産、社民、国民新各党が掲げる製造業派遣原則禁止には党内で異論がかなりある。いや、そもそもかつて民主党も労働者派遣法の改正(1999年)に賛成した(但し製造業への派遣解禁は、コイズミ時代の2004年、与党の強行可決で成立した)。民主党も、党の新自由主義とのかかわりを総括しなければならない。
日本人は、今度こそ戦争責任を追及しなかったかつての誤りを繰り返してはならない。新自由主義者を自らの手で裁いて政治や言論の表舞台から去らしめなければ、成熟した社会を作り上げることはできない。
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作者:kojitaken
更新日:2009年1月7日 7時18分
朝日新聞は重症、紙面を眺めて嘆息する
1月2日付エントリ「新聞とネット ~ 置き換えではなく、補完関係を求める」に、奈良たかしさんから下記のようなコメントをいただいた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-815.html#comment4695
>紙媒体としての新聞がなくなるとしても、現場で取材し、それを記事にまとめる企業体の必要性はなくならない
>既存のジャーナリズムとの補完関係を求めていきたいと思う
それは、おっしゃられるとおりですが、朝日新聞の場合は立ち直りができるのか疑問です。かつて故石川真澄政治記者が晩年の2004年頃「世界」に連載していた当時、多くの若手たちからその政府批判について、苦情の声があると、嘆いておられました。
こういう特権階級意識と政府迎合の若手記者層が、この数年の出世で実務と社説の論説委員室を把握した。それで格差や消費税上げ賛成など国民の希望を追及しない、エリートから見下ろす視点で作っているのが現状だと思うからです。象徴なのが社説欄の論説委員室メールアドレスが昨年から消えました。
2009.01.02 20:18 URL | 奈良たかし
また、奈良さんからは、同趣旨のブログ『生きてるしるし』のエントリ「有力ブログのメールマガジン有料化とマスコミ競立はあるか」をトラックバックいただいた。お礼を申し上げる。
実は、奈良さんのコメントに私も少なからず賛成である。故石川真澄記者晩年の著書『戦争体験は無力なのか』(岩波書店、2005年)は、当ブログでも2007年6月1日付エントリ「「亥年現象」を超えて」などで何度か紹介しているが、かつて朝日新聞の中心的な政治記者だった石川氏は、90年代の「政治改革」、特に選挙制度の改変に賛成しなかったあたりから、社論の主流から外れていった。朝日新聞は政治改革に賛成し、1993年に成立した細川政権を支持し、98年の小渕政権以降は民主党寄りの論調になった。そして、2001年にコイズミ政権が発足すると、コイズミ・竹中の「構造改革」を支持したのである。
それでも、右翼たちは朝日新聞を目の敵にした。今世紀初頭には、護憲派の佐柄木俊郎が論説主幹で、昭和天皇の戦争責任を問う社説を掲載して右翼から非難を浴びるなどしたが、佐柄木はどうやら経済問題にはほとんど関心がなかったらしく、佐柄木の名前と「新自由主義」あるいは「構造改革」といった言葉を掛け合わせてネット検索しても、ほとんど何も引っかからない。しかし、朝日新聞社の幹部は政治思想的に左派色の強い佐柄木を嫌って、論説主幹を若宮啓文に交代させて佐柄木をヒラの論説委員に降格した。父親も朝日新聞記者だったいわば「世襲記者」の若宮は、コイズミ-竹中の「構造改革」を支持し、論説主幹交代後の2002年10月26日付紙面には、「不良債権──「竹中いじめ」の無責任」という呆れたタイトルの社説が掲載された。
さらに、一昨年からは長く空位だった「主筆」に船橋洋一が就任した。読売新聞では渡邉恒雄(ナベツネ)が主筆の座にいる。船橋は、しばしば朝日新聞の一面に署名入り記事を書く。昨年末には、下記のように書いた。
公の再建は、資本主義をよみがえらせる上でも必要である。資本主義の代案は資本主義しかない。市場の欠陥を補うのは、市場に「公正」のルールを課し、国民の働く場を維持し、社会を安定させることである。それにはたくましい「公」が不可欠である。
要は修正資本主義ということで、その主張自体は間違っているとは思わないが、船橋には竹中平蔵との共編著『IT革命―新世紀への挑戦』(朝日新聞社、2000年)があるし、最近朝日新聞本紙の真ん中に折り込まれるちょっと紙質の良いなんとかいう付録にも、竹中平蔵がでかでかと登場していた。その記事は、読む気にもならなかった。竹中平蔵の主張など読む時間ももったいなかったからだ。いうまでもなく竹中は、「政府は余計なことをするな」が口癖の「小さな政府」論者、すなわち新自由主義者である。建前上修正資本主義を掲げる船橋洋一が、その実新自由主義と親和性が高いように見えるのは何故だろうか。
朝日新聞の紙面を見ていても、派遣村の記事はいつも小さいし、イスラエルのガザ侵攻の記事はイスラエル側からの記事ばかりで、何か官僚的な新聞という、もともと朝日新聞にあった印象が、このところますます強くなっている。私は、新聞社の命は社会面だと考えているが、朝日新聞の社会面は全然生き生きとしていない。
朝日新聞は相当重症だなあと言わざるを得ない。記事を眺めていると、ため息が出てしまう。それでも、マスコミが権力に対するチェック機能を取り戻さなければ日本の再生はなく、朝日に限らず新聞記者たちには頑張ってもらわなければならないと思う今日この頃なのである。
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作者:kojitaken
更新日:2009年1月6日 7時15分
大泰司紀之・本間浩昭著『カラー版 知床・北方四島』を読む
ブログはお休みのはずだった昨日(4日)、急遽「ある新自由主義者の死 ~ 永田寿康が自殺」というエントリを公開し、これが今年最初の「はてブ」(はてなブックマーク)5件以上をいただいた上、1年4か月ぶり、昨年は一度もなかったアクセス数7千件超を記録したため、何か1日早い正月休み明けのような気分だ。永田寿康も、何も三が日に自殺しなくてもよさそうなものだが、彼の死に、新自由主義の世の中に勝者などいないのだと改めて思う。
さて、年明け最初の平日の今日は、読者の皆さまを拍子抜けさせてしまうかもしれないが、岩波新書から昨年5月に刊行された、大泰司紀之・本間浩昭著『カラー版 知床・北方四島』を紹介したいと思う。
![]() | 知床・北方四島―流氷が育む自然遺産 カラー版 (岩波新書) (2008/05) 大泰司 紀之本間 浩昭 商品詳細を見る |
大泰司紀之(おおたいし・のりゆき)氏は北海道大学名誉教授で現在、同大学総合博物館資料部研究員。また、本間浩昭氏は毎日新聞記者。旧石器発掘捏造事件の端緒を入手し、毎日新聞に大スクープをもたらした敏腕ジャーナリストである。
私はかつて首都圏に在住していた頃、よく夏休みの旅行で北海道を訪れた。特に利尻島・礼文島を含む道北と、知床に代表される道東に魅せられた。そして、北方四島にはいかなる自然があるのだろうとよく思ったものだ。しかし、ひとたび四島が日本に返還されるや、乱開発で自然はめちゃくちゃになってしまうだろうな、そうなるくらいならまだ返還されないほうがマシかもしれないなとも思っていたのである。既に乱開発されてしまった北海道と違って、四島には豊富な自然が残されていることはよく知られている。
ところが、この本を読み始めてすぐ、当時から変わらなかった私の考えはすっかり時代遅れになってしまっていることを知った。冷戦終了後のロシアの急激な資本主義化によって、北方四島の自然は今や急激に脅かされつつあるのだ。
特に慄然としたのは、北方四島で行われているウニやカニなどの密漁だ。ソ連崩壊後の90年代から、北方四島で密漁により獲れたウニやカニが日本に輸入され、日本では海産物の値段が下がって喜ばれていたというが、密漁によって生態系が乱され、海域でウニやカニが激減した。上記のように、ラッコの写真がこの本の表紙を飾っているが、ウニやカニはラッコのにとって重要な食料なのに、ほとんど捕り尽くされてしまっているのが現状だ。さらに追い討ちをかけるように、2007年、ロシアの中央政府からの巨額の予算投入に支えられた「クリル諸島(日本名:千島列島)社会経済発展計画」が始まった。資金は当面、空港や港湾などの整備、道路網整備、地熱発電所建設などに向けられるそうだ。さらに、外国企業の誘致やリゾート開発も狙っているらしい。
著者らは、かつて高度成長期に開発のために自然を犠牲にしてしまった日本(本州)の失敗を北方四島で繰り返してはならないと危機感を抱く。そして、貴重な北方四島の生態系を保全するために、世界遺産「知床」を、北方四島及びその北隣のウルップ島(ロシア領)にまで広げることを提唱する。北方四島は、その帰属をめぐって日本とロシアの間で対立関係があるので、日本の領土である知床と、ロシア領のウルップ島(日本共産党によると全千島の日本への返還を求めるべきとのことだが、それは措いておく)をともに含めることで、両者の妥協点を見出そうとするやり方だ。
これは、なかなかナイスアイデアだと思ったのだが、なかなか実現は難しいようだ。日露平和条約の締結後は、四島を日露混住の地として、日本人にもロシア人にも動物たちにもプラスになるような方法も模索されている。
開発と自然保護。この両立は本当に難しい。新自由主義の社会が破綻して、次にどんな社会を目指すべきかという議論において、70年代の高度成長期をよみがえらせよという主張をする人もいるが、当時都会地区(関西)で育った私が生まれて最初に関心を持った、というよりも持たざるを得なかったのは公害問題だった。神崎川の悪臭は、この世のものとは思われないほどひどいものだったからだ。当時、水俣病、第二水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病の「四大公害病」をはじめとする公害は、深刻な問題になっていた。今、現代の「ニューディール政策」として、再生可能エネルギー(自然エネルギー)が注目されているのは、過去の反省の上に立っている。だが、再生可能エネルギーといえど、自然破壊と無縁というわけにはいかない。悩ましい話だが、可能な限り両立を目指して努力するしかあるまい。
なお、この本は、「カラー版」と銘打たれているように、本のおよそ半分は写真が占めており、表紙のラッコのほか、クジラ、アザラシ、シャチ、ヒグマ、シマフクロウ、エトピリカなど、動物の写真が満載されている。これらの写真だけでも見る価値のある本だと思う。
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作者:kojitaken
更新日:2009年1月5日 7時38分
ある新自由主義者の死 ~ 永田寿康が自殺
三が日最後の昨夜、当ブログのアクセス数が突如はね上がった。新規のエントリも公開しなかった休日で、1時間あたり100件前後のアクセス数で推移していたのが、21時台に215件、22時台には480件、23時台になっても409件を記録したのだ。何事かが起きたなと思ったら、民主党の元衆議院議員・永田寿康が自殺していた。「偽メール事件」から3年弱。鬱状態になり、昨年秋にも手首を切って自殺を図って未遂に終わったが、今度は飛び降り自殺だった。汚名返上はかなわなかった。
新自由主義者だった。東京大学工学部物理工学科を卒業したが、大蔵省を経て政界に身を転じ、若くして国会議員になった。学生時代から野心家だったに違いない。永田は衆議院議員時代、「東大生へのメッセージ」でその思想信条を述べている。以下にその一部を引用する。
◆ 失敗した人が責任をとるということが当たり前の国にしたい
────日本はどうなったらいいですとか、日本をこういう風にしたいといったお考えがあると思いますが、それはどのようなことでしょうか
失敗した人は責任をとるような「当たり前」の国にしたいですね。「当たり前」って言葉を軽々しく使うべきではないけれども、今の日本というのは、責任をとらないような国になってしまったんですよね。
(中略)
僕とか民主党が目指してる社会ってのは、失敗した人が責任を取るっていう社会なんですよ。まあ、失敗した人が責任を取った結果、その責任をとった人が路頭に迷ってホントに生活できないようにもなってしまってはかわいそうだから、もしそうなったら社会みんなで暖かい手を差し伸べて、助けてあげると。生活ができるようにはしてあげると。だけども、その後に今度は、その後に、失敗の教訓を社会に生かしてもらうように、再チャレンジの機会を与えるのも、これもまた、社会の責任だと思うんですよ。失敗した人が責任をとらないって言う社会と、失敗した人が、一回責任をとるんだけれども、再チャレンジできる社会ってのは、これは、本質的に異なる。似て非なるものだね。だから、やっぱり、僕は、いったん責任をとると、成功したら、成功した人なりに、経済的社会的、ありとあらゆる面で一つの報いを得ると。
(中略)
他人の成功をうらやんだりひがんだりしない。で、その、他人の失敗を許すようなこともしない。そういう社会にしたいですね。
永田は自らの言葉通り、「偽メール事件」の責任を取って議員辞職した。だが、あの事件で永田は、本当は議員辞職では償い切れないくらいの大罪を犯したと私は考えている。「郵政総選挙」で自民党が圧勝した直後だというのに、耐震偽装事件、ライブドア事件、米国産牛肉輸入問題、防衛施設庁の官製談合事件の「4点セット」によって自民党は国会論戦で守勢に立たされていた。特にライブドア事件では、エイチエス証券副社長の野口英昭氏が沖縄で謎の死を遂げたことによって真相究明が困難になっていたとはいえ、東京地検は政治家の立件も視野に入れて取調べを行っていたし、マスコミや野党も政府を厳しく追及していた。ライブドアのダミーの投資事業組合には政治家が関与していたと言われ、NHKの『日曜討論』(2006年2月12日放送)で、民主党の鳩山由紀夫幹事長は、「安倍(晋三)官房長官」(当時)の実名を挙げた。そんな事件追及の機運が頂点に達した頃に永田が起こしたのが、「偽メール事件」だったのである。
永田は、偽メールをもとに自民党幹事長(当時)の武部勤を追及した。武部はおそらく「クロ」だったが、肝心の追及に用いたメールがニセモノだった。電子メールをプリントアウトしたもののコピーと称するものを証拠として挙げたのだが、そんなものはワープロソフトなどでいくらでも偽造できる。国会の答弁で、当時の首相・コイズミは直ちに「ガセ」だと喝破したのだが、あるいは自民党が永田をはめた罠だったのかもしれない。いずれにせよ、この一件で国会におけるライブドア事件の追及は急に下火になってしまった。投資事業組合の疑惑ばかりか、「自殺」したとされる野口英昭氏や耐震偽装事件のヒューザー・小嶋進が「安晋会」の会員であったことが報じられて苦境に追い込まれていた安倍晋三は、危機を脱して、以後自民党総裁レースを独走した。そればかりではない。新自由主義のひずみを追及する機運自体が弱まってしまった。
永田の罪はあまりにも重かった。永田の議員辞職や民主党の前原誠司代表の辞任は当然だった。だが、命をもって償う必要まではなかった。昨年11月に永田が自殺未遂をした時、民主党候補として衆院選に立候補して再起を図りたい希望があったが、党に受け入れられなかったという話を聞いた。かつての民主党は、永田のような新自由主義者が幅を利かせていたが、新自由主義批判がトレンドとなった今、かつて失敗を犯した永田に再び国会議員への道などあろうはずもない。「再チャレンジ」には長い道のりが必要だったと思うが、「偽メール事件」以前には挫折を知らなかったかもしれない永田にとってはとても耐えられなかったのだろう。
かくして、新自由主義者は自ら死を選んだ。「自己責任論」に自らとらわれ過ぎたのだろうか。自殺に同情はしないが、哀しい死だったとは思う。
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作者:kojitaken
更新日:2009年1月4日 7時50分
新聞とネット ~ 置き換えではなく、補完関係を求める
元旦の新聞を、昔は楽しみにしていたものだ。いくつもつく付録もさることながら、元旦の一面トップにどんな記事を持ってくるか、どんな社説を書くかを注目していた。だが、その楽しみは年々減じている。
今年は、朝日新聞が「混迷の中で考える 人間主役に大きな絵を」と題した社説を掲載した。正論だが、総花的で心に響くものはない。毎日新聞は、「日本版「緑のニューディール」を」と題した社説を掲載した。同様の主張を当ブログは昨年12月29日付エントリで行った。社説の冒頭で、
と書いているのは、歯切れが良くて評価できる。太陽光発電と電気自動車以外の技術への目配りや、これまでの原子力行政への批判がないところは不満だが、大新聞の社説としてはこのくらいが限度なのかもしれない。赤字国債の累増は問題だが、いま政府が出なければ不況の深化は避けられず、財政再建にも悪影響をおよぼす。必要な財政出動をためらってはならない。
毎日新聞の社説と対照的なのは日経新聞の社説で、「資本主義の活力をいかすには国の介入は少ない方がよい」、「市場を信頼し自由競争を重んじるこの保守主義の政策が金融危機を招いたとする見方もあるが、必ずしも正しくない」などと平然と書いている。日経新聞は財界の代弁者だから、今年も経団連がどういう方向性で政府に圧力をかけるかは想像がつく。同じ保守でも、読売新聞は、のっけから「新自由主義の崩落」という小見出しをつけて、「新自由主義・市場原理主義の象徴だった米国型金融ビジネスモデルの崩落が、世界を揺るがせている」と書いている。おそらくナベツネ自身が書いた社説だと思うが、ナベツネはずっと以前から「市場原理主義」には批判的だった。
ところで、私が購読しているのは朝日新聞(大阪本社発行統合版)だが、「年越し派遣村」の記事が元旦紙面の一面真ん中あたりと第二社会面の右上に出ている。しかし、いずれも小さな記事だ。それでも大阪本社版は一面に載っただけまだマシで、東京本社版では一面には載らなかったそうだ。そして3面には政局を面白おかしく予想した記事が大々的に出ている。各地で「地域新党」が発足し、自民党から造反者が出る。予算成立と引き換えにした春頃の解散または任期満了選挙を経て、民主党を中心とする連立政権が発足。平沼グループも加わる可能性があるなどといやなことも書いている。そして、自民党の一部との部分連立、社民党の連立離脱、小沢(次期)首相の電撃辞任と2010年の衆参同日選挙、などなど、いかにも起きそうなことが書かれている。
だが、こんな記事は週刊誌でも読めるし、テレビの政治をネタにしたバラエティ番組でも、電波芸者たちのおしゃべりを聞くことができる。社説が左3分の1を占める3面の残りスペース全部を潰して、朝日新聞が元旦の紙面に載せるような記事とは思えない。
昨年、当ブログは「「毎日新聞叩き」に反対するキャンペーンを開始します」と題したエントリを公開し、一部から「今度は新聞ヨイショか」と陰口を叩かれたが、当ブログは朝日新聞や毎日新聞をはじめとする新聞各紙には頑張ってもらわなければならないと考えている。朝日も毎日も(産経も)赤字に転落したが、特に朝日新聞の場合は記者の給料が異様に高く、エスタブリッシュメントの一部に完全に組み込まれている。「ブン屋」という言葉はもはや死語であり、朝日新聞の記者は「ブン屋」呼ばわりされたら激怒するだろう。そんな朝日新聞だから、執拗に消費税率引き上げを求め続けるし、派遣切りの記事は小さいし、政局の記事は大きい。
だが、そんなダメ新聞ではあっても、新聞記者には現場がある。昔存在した週刊誌『朝日ジャーナル』の表紙には、題字の横に「報道 解説 評論」と書かれていた(筑紫哲也が編集長になった時のリニューアルで取り除かれたんだっけ?)。一方、「新聞に代わるジャーナリズム」を目指しているブログには、「現場」がないことが多い。「現場」なくして「報道」はないし、「報道」がなければジャーナリズムではない。
私は、仮にネット言論といえるものがあるとしても、それが新聞を置き換えることはできないと考えている。紙媒体としての新聞がなくなるとしても、現場で取材し、それを記事にまとめる企業体の必要性はなくならない。問題は、その「解説」や「評論」が政府や官僚、広告主などによってバイアスがかかってしまうことで、特に電波媒体の腐敗ぶりはどうしようもなくひどい。ネット言論には、マスメディアが流す言論の歪みを明らかにして、人民の側に立って情報を読み解き直し、全体像を再提示する役割が求められているのではないかと思う。既存のジャーナリズムとの補完関係を求めていきたいと思う今日この頃なのである。
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作者:kojitaken
更新日:2009年1月2日 9時30分
2009年 新年のごあいさつ
皆さま
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は「きまぐれな日々」の拙い記事をお読みいただき、どうもありがとうございました。旧年は、アメリカ発の金融危機に端を発した急激な景気の落ち込みや、一向に改まらない政府の新自由主義的施策、企業の非情なリストラなどによって、日本国憲法第25条で保障されているはずの日本国民の生存権が脅かされる、とんでもない一年でした。日本は現在、1945年の敗戦以来の危機的な状況に瀕していると言っても過言ではないと思います。本年は、この惨状から立ち上がって、社会再建の第一歩を記す年にしなければなりません。4年ぶりの衆議院選挙も行われます。当ブログは、苦しい状況にあっても希望を失うことなく、皆さまとともに歩んで行きたいと存じます。
本年が皆さまにとって素晴らしい年になりますよう、心より祈念いたします。
本年も、「きまぐれな日々」をどうぞよろしくお願いいたします。
2009年元旦
「きまぐれな日々」 管理人 kojitaken
作者:kojitaken
更新日:2009年1月1日 7時0分
「きまぐれな日々」の2008年
今年最後のこのエントリは今年273件目の記事である。週休2日に少し満たないペースで更新したのだが、昨年は322件で、週休1日未満のペースで走っていたから、それよりはかなりペースを落としたことになる。今年は、何かと迷いの多いブログ運営だった。
昨年は、毎月月末にアクセス解析の記事を掲載していた。月ごとのアクセス情報の集計は、結構手間のかかる作業で、今年はそれをやめて、結局半期ごとのデータ公開にしてしまったのだが、それにしてもアクセス解析の記事は(当然ながら)不人気だ。だから、もともとアクセス数の少ない大晦日にやる(笑)。来年は、半期ごとも止めて、大晦日の1回だけになるに違いない。
FC2カウンタによるアクセス数は、122万2363件だった。今年は閏年で366日あったから、ほぼ3日で1万件のペースだった。ちなみに、昨年は年間アクセス数が105万7931件だったから、アクセス数は15.5%増えた。
特にアクセス数が多かったのは、9月から11月までの3か月間である(今年の月間アクセス数最多は11月度の13万8288件)。いうまでもなく、9月1日の福田前首相の辞意表明に端を発する政局の時期だった。もっとも、ブログのアクセス数を押し上げたのは、必ずしも政局の話題ばかりではなく、NHKの「自民党コマーシャル」事件の追及、橋下徹への批判(これにはネガティブな反応もずいぶんあった)、プロ野球・星野仙一への批判、田母神俊雄のアパ懸賞論文をめぐる一連の記事などへのアクセスが多かった。また、年の前半には、映画「靖国 YASUKUNI」の上映「自粛」の件をめぐって、検索語「稲田朋美」によるアクセスが非常に多かった。「稲田朋美」は、今年1年を通しても、検索語ランキング2位だが(1位はブログ名「きまぐれな日々」)、その6割強が4月に集中した。次にこの検索語によるアクセスが増えるのは、稲田朋美が総選挙で落選した時だろうか(笑)。なお、検索語ランキングの3位以下は、「勝谷誠彦」、「橋下徹」、「山本繁太郎」となっているが、5位の「山本繁太郎」も、4月度限定の集中アクセスだった(衆院山口2区補選で山本が落選したため)。山本も、来年の総選挙で再度平岡秀夫(民主党)に敗れるだろうから、その時また当ブログのアクセス数を押し上げてくれるかもしれない。
下記に、今年の人気エントリのトップ20を示す。
- 電波芸者・勝谷誠彦の生態 (2006年7月29日) 9,575件
- 大阪府民は「極右ポピュリスト」橋下徹を打倒せよ (2007年12月13日) 5,855件
- 小泉純一郎と安倍晋三と「女系」 (2006年8月6日) 5,350件
- 田母神俊雄、渡部昇一、元谷外志雄、佐藤優らに呆れる日々 (11月7日) 4,905件
- 山本繁太郎とノーパンしゃぶしゃぶと耐震強度偽装と (3月12日) 4,637件
- 一度に346人の府立高校非正規職員の首を切る橋下徹 (9月20日) 4,281件
- 極左と紙一重の極右・稲田朋美を衆議院選挙で落選させよう (3月30日) 3,704件
- 「水からの伝言」をめぐるトラブルの総括 (1月15日) 3,579件
- 田母神俊雄の「痴的生活の方法」 ~ 日本の右翼は大丈夫か (11月5日) 3,451件
- 猿芝居・自民党総裁選のコマーシャルを垂れ流したNHK (9月13日) 3,359件
- 「WBC監督固辞」星野仙一の身から出たサビ (10月23日) 3,358件
- テロ行為と極右政治家・城内実だけは絶対に許せない (11月20日) 3,350件
- 自民党の「年金問題の切り札」・大村秀章の醜態 (2007年6月17日) 3,245件
- 指定暴力団工藤会の「おねがい」 (2006年7月14日) 2,936件
- ネット右翼の妄言を黙認する右派言論の偽善には反吐が出る (5月17日) 2,864件
- 櫻井よしこのトンデモ発言をめぐるさまざまな反響 (8月12日) 2,797件
- 「毎日新聞叩き」に反対するキャンペーンを開始します (8月17日) 2,791件
- 福田内閣支持率50%超に見る日本人の知性の劣化 (2007年9月27日) 2,733件
- ネットに横行する「トンデモ」や「陰謀論」を批判する (2007年12月23日) 2,679件
- 映画「靖国」と稲田朋美、日本会議、そしてネット右翼 (4月7日) 2,600件
アクセス回数別では、全アクセスのうち3分の1強の34.6%が初回訪問客で、4分の1強の26.4%が100回以上ご訪問のリピーターだ。この比率は時期によって異なり、当然ながら前の月と比べてアクセス数が増えた月には、初回訪問者の比率が増え、アクセス数が横ばいまたは減少している時には、リピーターの比率が増える。今年でいうと、4月と8~11月に初回訪問客が多く、アクセス数が増えた時期と一致している。
こうした月には、検索エンジン経由のアクセスが多い。つまり、検索エンジンを用いたウェブ検索によって、ブログのアクセス数の増減がほぼ決まる。当ブログへの検索エンジン経由のアクセスは、年間で24万0804件だった。月平均で約2万件だが、アクセス数の多かった11月度は、検索エンジン経由のアクセスが3万件を超えた。検索エンジン別では、Google経由が圧倒的に多く14万6691件、次いでYahoo! の8万0092件で、この2大エンジンだけで実に94,2%を占める。検索エンジンの世界は、ますます二強による寡占の度合いを増しているように思われる。
また、他ブログ経由のアクセスでは、『カナダde日本語』(12,964件)、『反戦な家づくり』(7,290件)、『たんぽぽのなみだ~運営日誌』(4,420件)の順で多かった。なお、カッコ内は今年1月~11月の累計である。なぜか、FC2アクセス解析による12月度の集計は遅れているようで、月初めの数日くらいまでしか集計されていないようなので、11月までの累計とした。
最後に、今年一年間 「きまぐれな日々」 をご愛顧いただいた読者の方々に、厚くお礼を申し上げる。
それでは、皆さま、良いお年を。
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作者:kojitaken
更新日:2008年12月31日 9時5分
再生可能エネルギーを軸とした「新・ニューディール政策」を
これまで輸出に頼っていた日本の製造業が、アメリカ発金融危機の煽りをもろに食らって業績が悪化し、非正規社員を中心にした猛烈なリストラの嵐が吹いている。とんでもない年末になってしまった。
さんざんな1年だったが、来年は今年よりもっと悪い年になるのではないか。これは、大方の人の感じるところだろうし、私も例外ではない。
昨日(28日)朝放送されたTBSの「サンデーモーニング」も、この話題で始まった。この番組は、昨年年末に時間を延長した特番を組んで、新自由主義を本格的に批判していたそうだ。私は残念ながら昨年暮の特番は見ることはできなかったが、普段の番組作りも、伝えられるその内容にほぼ沿ったものである。番組が鳴らした警鐘が現実のものとなったが、その激変ぶりは想像を絶するすさまじさである。
事態は、経験した人はほとんどいなくなっている1929年の世界大恐慌にたとえられる。アメリカで経済危機を立て直したのは、フランクリン・ルーズベルト大統領のとった「ニューディール政策」であり、これは、ほっとけば経済はよくなるとして、大恐慌に対して有効な対策を打たなかった共和党のフーバー大統領の政策をルーズベルトが大胆に転換し、政府が経済に関与する社会民主主義的な政策によって経済危機を克服したものである。もっともルーズベルトはテネシー川流域開発公社などの公共事業を積極的に行なって経済を立て直したが、均衡財政論者の巻き返しによってアメリカ経済は再び低調となり、結局、アメリカ経済を立て直したのは、第二次世界大戦による軍需景気だった。
ここで注目したいのは、現在の麻生太郎政権が曲がりなりにも積極財政路線をとろうとしていることであって、それに対して財政規律の面から批判する与謝野馨一派や朝日新聞・日経新聞を代表格とする大多数のマスコミは、ニューディール政策を批判して経済を冷え込ませた側の論理にのっとっている。つまり、麻生政権を批判するのは良いが、それが「新自由主義側」からの批判になってしまっているのだ。三十年にわたって浸透させられてきた新自由主義の刷り込みは、まことに強固なものだと思う。
もちろん、麻生らの狙う道路建設を中心とした公共事業による景気対策の裏には、政官業癒着構造と密接な関係がある。だから、癒着構造に関与している人たちだけが潤って、その恩恵は一般庶民には行き渡らない。これに対する真に有効な批判は、政府支出を抑えろというのではなく、適切な政府支出を行えと主張することだと私は考えている。
実は、26日付のエントリ「自民党政権最後の年末に日本版ニューディール政策を思う」に対し、タイトルに「日本版ニューディール政策」と書かれているが、「日経エコロミー」に載った飯田哲也氏のコラムへのリンクが張られているだけで何の説明もなく、さっぱり理解できないというご批判を読者の方からいただいた。そこで、私が考えていることを簡単に説明したいと思う。
まず、サブプライムローン問題で、日本の金融機関の痛みは少なく、日本経済への影響は限定的だとされていたにもかかわらず、日本が先進諸国のうちでもとくにひどい株価の下落や企業業績の悪化、そしてリストラなどの惨状に見舞われている理由は、日本の産業、特に製造業が輸出依存の体質になってしまっているからである。コイズミはいろんな大企業優遇政策をとったが、特に円安誘導政策は、トヨタなど輸出産業に大きな恩恵をもたらした。日本経済が低迷する中、昨年まで愛知県の好調が伝えられたのは、もちろんトヨタの好業績に負うところが大きい。要は、日本の輸出産業が作った製品を、アメリカなどの浪費好きの人たちが消費して、大手製造業の好業績が成り立っていたのである。
それが、アメリカ経済がおかしくなると、需要がなくなるとともに、これまで無理に円安誘導をしていたツケが一気に出て、急激な円高になってしまった。これが日本経済に与えた悪影響は計り知れないものがある。
これをどう立て直すかというと、外需に頼り無理な円安誘導をしていたこれまでの政策を改め、国内の需要を高める方策をとるしかない。つまり、ルーズベルト大統領がやった、ニューディール政策にならった政策をとるしかないと私は考える。これを私は、「日本版ニューディール政策」と仮に呼ぶのであるが、具体的には、農業支援や医療・福祉の充実、それに再生可能エネルギーの開発推進などによって、冷え切った国民の懐を暖め、雇用を創出し、国民が元気を取り戻すようにしようというものだ。この際、一時的に財政赤字は拡大するが、その分は将来の諸産業の伸びによる税収増加で取り戻すことができる。この点で評価できるのは、民主党が打ち出した農家の戸別補償政策である。これは、近年主流だった新自由主義的発想による「大規模化による農業再生」の考え方を大きく転換するものだ。
だが、なんといっても注目されるのは、ヨーロッパで実績をあげてきている再生可能エネルギーの開発推進であり、アメリカの場合、オバマ次期大統領は「エネルギー革命」を宣言している。
実は、オバマがこのような政策をとることはずっと以前から予想されていた。たとえば、金子勝とアンドリュー・デウィットの共著『環境エネルギー革命』(アスペクト、2007年)に詳しく記述されており、当ブログでもこの本を、7月23日付、7月25日付、7月26日付および7月27日付エントリの4回にわたる連載でとりあげた。
これらのエントリに引用した金子・デウィットの『環境エネルギー革命』の記述にあるように、再生可能エネルギーの開発には、長い期間をかけてエネルギー転換に伴う投資や需要、そして雇用を創出していく面がある。しかも、この事業は民間だけで立ち上げられる性質のものではなく、開発には補助金だけではなく国家主導のあらゆる政策を動員する必要がある。しかし、その一方で、欧州で再生可能エネルギーが伸びたのは、電力の自由化を導入したからでもあった。さまざまな再生可能エネルギー候補に競争をさせたのである。一方、日本では新自由主義政策をとる一方で、原子力業界を手厚くもてなし続けてきた。しかし、実は原子力というのは、単に放射性廃棄物の問題やメルトダウンが発生した時のリスクの大きさだけではなく、高コストなエネルギーなのである。ところが、それこそ政官業癒着によって、原子力政策はいっこうに改められない。日本の電力会社は、もともとは国策会社であり、今でも政官業癒着の甘い汁をたっぷり吸っている。日本で原子力発電に反対している政党は社民党だけであり、同党は当然ながら再生可能エネルギー推進や環境税創設などの政策を掲げているが、現在の同党は、すっかり泡沫政党に落ちぶれてしてしまっている。
このように、アメリカでさえ声高に叫ばれるようになった再生可能エネルギー開発による国内産業の再生は、日本では相変わらずさほど関心を持たれていないが、このままでは世界からすっかり取り残されてしまうだろう。そして、そのあげくに原発事故が起き、国土が焦土と化してしまうのが関の山ではなかろうか。
そうならないうちに、次期政権は、オバマの後追いでも良いから、再生可能エネルギーや農業支援、医療・福祉などを充実させる政策を打ち出して、日本経済を再生させてほしいと思う今日この頃である。
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作者:kojitaken
更新日:2008年12月29日 9時30分
自民党政権最後の年末に日本版ニューディール政策を思う
一体いかなる「信頼できる筋」が「抜き打ちでクリスマス解散が行われる」などと言ったのだろうか。私は最初からそんなことはあり得ないと思っていたが、このガセネタに振り回された人は結構多かったようだが、当然ながらそんな事態は起きず、臨時国会は閉会した。
ポストコイズミの自民党の歴代政権は、郵政総選挙で得た衆議院の議席が惜しくて、株取引にたとえれば「損切り」をし損ねたのである。
チャンスは三度あった。まず、安倍晋三が圧倒的な「コクミンテキニンキ」を背に受けて総理総裁になった時。しかし、安倍はこのチャンスを活かせず、自民党は2007年の参院選で与野党逆転を許し、参院第一党から転落した。次は、福田康夫政権に交代した直後の2007年11月に大連立騒動が発覚した時。しかし、福田も何もできなかった。そして、最大のチャンスだったのが三度目で、いうまでもなく麻生太郎内閣発足早々の臨時国会冒頭解散である。これをやられたら、自民党はもちろん大幅に議席を減らしただろうが、政権にとどまる可能性はあった。だが、麻生太郎は自らそのチャンスを放棄した。
結局、麻生内閣は死に体のまま年を越す。臨時国会の終盤に民主党が出した解散要求決議案に渡辺喜美が賛成し、毎日新聞などはこれを評価しているが、私は、コイズミカイカクの一翼を担った渡辺がそんな行動をとるのなら、自民党を離党して議員辞職し、9月までに行われる総選挙に無所属なり民主党なり新党なりから立候補すべきだと思う。だが渡辺はそれをせず、自民党離党を否定したり、中川秀直らとの連携を口にしたりしている。ネット検索で見つけたブログ『民間人です』の12月12日付エントリに書かれているように、「中川秀直や渡辺喜美のドタバタって国民だますための大がかりなイルージョン」だと私も思う。新自由主義者は、過去の政策で日本をすさまじい格差社会にしてしまった責任もとらずに、政権をとりそうな民主党に擦り寄ろうとしているのであり、これはとんでもない茶番だとしかいうほかない。
それに関連して思うのは、「野党共闘」とか「現政権に反対」などというスローガンは、果たして来年どうなるのかということだ。何もしなくても政権が転がり込むであろう民主党は、もはや選挙前に分裂する契機などなく、順当にいけば来年には民主党、社民党、国民新党、新党日本による連立政権が成立し、共産党はこれには加わらない。共産党は、社会民主主義的な立場から(つまり「左」から)引き続き政権を批判する勢力になるだろう。私はそれは大いに必要なことだと思うし、新政権にも新自由主義的な傾向は残るだろうから、共産党の政権批判に同調する記事も書くことになると思う。つまり、政権に対しては是々非々の立場をとる。これに対して、現在の「野党共闘」論者は今度は「与党共闘」を叫ぶのか、それとも、「所期の目的を達成したから、ブログで政治のことを書くのは止めます」というのか。あるいは、「現政権に反対」な人は、「前政権に反対」(笑)と看板を架け替えるのか。興味津々である。本当は、政権交代は第一歩に過ぎないのだけれど。
さて、一昨日(12月24日)の『きっこの日記』は、「食べ物を捨て続ける国」と題した記事で、食糧問題や環境・エネルギー問題に言及している。私は、たまたま2000年に出版された飯田哲也氏の『北欧のエネルギーデモクラシー』(新評論)という本を読み終えたところで、もう10年近くも前に出版されたこの本が全然新鮮さを失っていない、というよりその間日本の政策があさっての方向に向かい続けていたことに改めて愕然とした。北欧では30年も前から脱原発、再生可能エネルギー開発や、省エネルギーと経済成長の両立を目指す努力が続けられていたのに、日本での動きというと、大平内閣の頃の「省エネルック」なるダサダサのスーツや、コイズミ時代のクールビズのようなくだらないパフォーマンスしか思い浮かばない。それどころかコイズミは、再生可能エネルギーへの補助金を打ち切り、それ以後、従来高いシェアを誇っていた日本の太陽光発電のシェアは急激に低下している。
本当は、野党は自民党の道路建設に対抗して、再生可能エネルギーによる地域振興を訴えて、きたる総選挙での大きな争点としてクローズアップすべきなのである。ムダの削減ももちろん大事だが、それしか言わないようでは、「小さな政府」路線に固執する新自由主義そのものの発想に思えてしまう。もっと有効な政府支出による雇用の創出策を、前面に打ち出すべきである。
そうでなくても、飯田哲也氏が日経エコロミーに掲載した「グリーン・ニューディール――オバマ次期米大統領が担う大変革への期待」という記事で書いているように、アメリカも再生可能エネルギーの開発推進の方向に大きく舵を切る。そんな時代に、道路開発(必要なものもあるが、無駄なものが多い)にばかりこだわる一方で原発建設を引き続き進めようという自民党の政策は、世界的に見ても時代遅れだし、環境は悪化させるし、活断層だらけの地震国に建つ原発のリスクは増す一方だしと、良いところは何もない。だが、それに対して与謝野馨一派が主張するような財政再建路線を推し進めるのでは、国民の暮らしは全く良くなる見込みがない。遅ればせでも、先進国の真似でも良いから(もはや日本は先進国とはいえないと私は考えている)、今こそ「日本版ニューディール政策」を打ち出すべき時だと思う今日この頃である。
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更新日:2008年12月26日 7時30分
