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トップ > FX 相対取引 > FX 相対取引 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月9日 11時)

外貨準備高が最高を記録~日経新聞1月9日夕刊から

 1月9日夕刊各紙は財務省が9日発表した昨年12月末時点の外貨準備高が1兆306億4700万㌦(約94兆円)と11月末比277億8600万㌦増加し、昨年3月末以来9カ月ぶりに過去最高額を更新した、と報じた。世界的金利低下に伴い、米国債の金利が低下(価格は上昇)し、ドル建てで保有する債券の時価評価額が膨らんだため、という。  また、日経新聞夕刊によると①ユーロ相場が対ドルで上昇し、ユーロ建て資産のドル換算額が増加したことも寄与した②日本の外貨準備は昨年2月末に初めて1兆㌦の大台を突破し、3月末に過去最高となる約1兆156億㌦を記録した③2003年~2004年春の累計約35兆円にのぼる外国為替市場への大量の円売りドル買い介入を財務省が実施し、その際に貯めこんだドル資産が膨らんでいる形だ――ということらしい。  これはいいことなのか、悪いことなのか? 野口氏の著書には出てこなかったなぁ。ただ、介入自体がいけないことだった、とあった。産業構造転換のチャンスだったのに、円高恐怖症ということで介入したために円安が続き、輸出産業の利益となり、その稼いだドルがアメリカに還流して米国消費者の過剰消費の原資となった、とあった。  貿易黒字の話か思ったが、為替介入で手にしたドルは財務省証券として保有しているから、これこそ米国への資金還流。1兆㌦は100兆円。100兆円がまだアメリカで流動性として動いている、ということなのか。  野口氏は米国債の価値が下がったので、日本は損をしたと書いてあったが、価値は上昇しているようでもある。このへんがよく分からない。本当に難しい。

作者: たつ

更新日:2009年1月9日 17時17分

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書評「世界経済危機 日本の罪と罰」野口悠紀雄著(ダイヤモンド社)

 野口悠紀雄著「世界経済危機 日本の罪と罰」(ダイヤモンド社、2008年12月11日第1刷発行、定価1575円)を読んだ。また帯の文句を写しておこう。<主犯アメリカに資金を供給し続けた”共犯者”日本。その結果として、この国を未曾有の大不況が襲う!輸出立国の崩壊で、本当の危機はこれから始まる。100年に1度とされる経済危機の本質は何か。その分析、今後の行方、そして今なすべき対策までを野口悠紀雄が緊急提言!いったい何が起きているのか?これからどうなるのか?この経済危機の本質を野口悠紀雄が解き明かす!>である。何か禍々しいぞっき本のようでもあるが、内容はしっかりしている。基本的には週刊ダイヤモンドに連載したコラムを集めて書き直した文章らしいが、ものすごく分かりやすい。  表紙裏にも宣伝文句が書いてある。<日本は、「アメリカ発金融危機」の被害者などではない。危機は世界的なマクロ経済の歪みが生んだものであり、日本はその中心に位置している。成長率がマイナス数%になるような、未曾有の大不況が日本を襲う。本書は、それに対する警告である。>  何かノストラダムスの大予言のような宣伝文句だが、野口氏のファンには慣れっこなのかもしれない。  この宣伝文句で野口氏の言いたいことは随分と表わされていると思う。例によって、内容で面白かった部分をピックアップしておく。 ▽本書の目的は起こった事件を単に列挙するのではなく、分析を行うことだ。新聞や雑誌は生じた事件を報道はしているが、分析は必ずしも十分でない。(P6) ▽前FRB議長のアラン・グリーンスパンが「100年に1度の津波」と言うのはけっして誇張ではない。とくに、日本の立場から言うとそうなのである。(P11) ▽2002年以降の日本の景気回復は、対米輸出の増大と、異常な円安という持続不可能な二つの要因に支えられたものだった。日本の貿易黒字はゼロになる可能性がある。アメリカ以上に急激な日本の株価下落は輸出立国モデルの崩壊を知らせる市場のシグナルである。(P19) ▽「改革によって日本が変わった」という説明はまやかしに過ぎず、日本経済の実態は古いままだった。輸出増は、日本の輸出産業の真の競争力増強によって実現したものではなく、輸出量の拡大と円安によって日本の輸出産業の価格競争力が実力以上に高まったことによるものだった。(P29) ▽1990年代の世界経済の大きな変化の一つとして工業製品の価格低下がある。これは社会主義経済が崩壊し、また中国などの新興国が工業化し、低賃金労働の活用で工業生産ができるようになったからだ。この変化で最も大きな利益を受けたのはアメリカだ。アイルランド、イギリス、北欧諸国などもこの変化によって受益した。 ▽1980年代以降の日本経済に生じた最も顕著な構造変化は輸入構造の変化だ。かつての日本経済は原材料を輸入して工業製品の生産を行い、これを輸出するという基本構造を持っていた。これを反映して80年代はじめまでは食料・原材料輸入が総輸入の約4分の3、製品輸入が約4分の1という構成だった。ところが90年代になってこれらがほぼ同比重となり、現在では製品輸入の方が多くなっている。しかし、日本は新興工業国の発展という大変化の利益を十分に享受できなかった。むしろ逆に新興工業国との競争によって国内産業が疲弊した。それは旧来型の産業構造にこだわったからだ。07年の夏ごろでも日本の株式指数が90年の4割にしかならなかったことがそれをよく示している。(P33) ▽古いタイプの産業を支えるために、金融緩和と円安政策が取られた。本当に必要な構造改革は産業構造の変革だったのに、近視眼的なバイアスのために、全く逆の経済政策が取られた。「小泉政権は改革を行った」というが、経済の面から見れば低金利と円安政策で古い産業構造を温存したのである。それだけではない。異常なマクロ政策が長期にわたって継続されたため、それを利用する国際的な投機が発生した。それは、日本から高金利通貨国への投資資金の移動だ。それが今回の金融危機の一つの原因になっている。株価下落の主要な原因は「無理のある円安をこれまで続けてきた」という日本側の事情なのである。しかし、そのバブルは崩れた。現在起こっているのはバブルがなければ実現していたであろう状態への回帰に過ぎない。(P34) ▽1990年代の日本の不良債権処理は極めて不透明なかたちで行われた。不況が続く限り、資本注入で不良債権問題は解決できない。(P45) ▽「投資銀行モデルの終焉」と言われるが、「ハイ・レバレッジのビジネスモデルの崩壊」だ。(P69) ▽サブプライム・ローン問題の本質は本来行われるべき「資産の価格付け」が行われず、似て非なる「格付け」に全面的に依存したことだ。分散投資で回避できるのは「個別リスク」であり「市場リスク」は回避できない。格付けによって住宅ローン証券化商品のリスクを完全に評価することはできない。本来ならファイナンス理論や金融工学を利用して投資対象のプライシングを行うべきだったが、それをしなかったことが問題だ。(P78) ▽アメリカの90年代以降の経常収支の赤字は80年代後半とは違ってストップがかからず拡大を続けた。「アメリカが経常赤字を続けられるのは国債基軸通貨であるドル紙幣をするだけで外国からモノを買えるからだ]という人がいるが、これは違う。これは「アメリカはシニョリッジ(通貨発行権)を持つ」というが、変動為替制度では仮にドルが外国通貨に対して減価すればいくらドル札を印刷しても赤字をファイナンスできない。アメリカが赤字をファイナンスできるのはアメリカへの資本流入があるからだ。(P91) ▽日米貿易不均衡が継続しうるのは何らかの理由で日本が強制されているからではなく、またアメリカの軍事力が強いからでもない。日本が円安政策を取ったのは主として輸出産業の利益のためだ。これは「資本取引を通じた黒字還流」だ。 ▽1980年代後半以降、アメリカ経済の順調な成長に伴ってアメリカ人の生活が豊かになり、それが過剰消費を生み、経常収支の赤字増大につながった。そこには郊外の豪華な住宅に住み、自動車で遠距離を通勤するという生活スタイルがある。ガソリンの税が安い。住宅取得の減税も半端じゃない。日本の10倍以上だ。マクロ経済的な観点から見れば「アメリカのガソリンと乗用車の使用、住宅への支出が世界標準に比べて過剰」なのだ。(P94) ▽アメリカの赤字が大きくなりすぎるとその持続可能性に疑問が持たれる。これが「ドル暴落の危機」だ。20年以上も前にポール・クルーグマンが警告していた。しかし、グリーンスパンが自叙伝「波乱の時代」で書いたように、クルーグマン理論への反対論が相次ぎ、実際、アメリカは赤字をファイナンスしてきた。ハーバード大学の国際経済学者リチャード・クーパーやFRB議長のバーナンキは04年、05年ごろに「日本人は働いて得た黒字をアメリカ人の贅沢な生活を支えるために使ってしまったが、貯めた金の使い道はそれ以外なかったのだから仕方ない」という趣旨のことを言っていた。随分馬鹿にされたものだが、そういわれても仕方ない政策を日本は取ってきた。日本の輸出産業にとってそのような世界経済構造が望ましかったのである。だが、貯め込んだ経常収支黒字を国内のインフラ整備に回せばアメリカ並みの住宅環境を実現できたはずだ。そのような潜在的な経済力を持ちながら経常収支黒字を生活の豊かさを実現するために使えなかった。その理由は経済政策が貧困だったからだ。そして、今なお日本はその状況から脱していない。日本の産業構造が大きく変わらない限りアメリカに資金を提供し、そして円安を維持することによってしか日本の企業は生き延びられない。貿易黒字に頼った成長はできないことが明確になったのに、それからの脱却が大きな摩擦を伴うために現実にはほとんど実現不可能である。(P105) ▽アメリカでは住宅を担保に自動車ローンを組む消費者が多い。住宅価格が値上がりし金利が低下すると住宅ローンを借り替えて借入額を増やすだけで返済額はそのままで多額の現金が手に入る(キャッシュ・アウト借り換え)ので、その大部分が新車の購入に充てられた。こうして住宅価格上昇が自動車購入を増やした面が強かった。ところが住宅価格が下落を始めるとこの条件が一変する。ローン審査が厳しくなって信用収縮が生じる。これまで車を買えた人が買えなくなる。これまでの対象者の40%がローンの対象外になるといわれる。だから自動車購入が急激に落ちる。(P107) ▽アメリカの経常収支赤字が巨額である限り、次々にかたちを変えた金融危機が顕在化するだろう。そのたびに日本の株価が下がるだろう。(P121) ▽ドル買い介入が行われた時、それを非不胎化するために貨幣供給量の増加を放任する必要があり、したがって量的緩和政策が必要になる。2001年に導入された量的緩和政策はデフレに対処するためと表向きは説明されたが、真の目的は為替介入による貨幣供給量の増加を放置することだったと考えられる。「デフレ脱却のために金融緩和を行う」というのは、単に正当化のための説明に過ぎなかったのだ。(P133) ▽実質実効為替レートで見ると2000年以降の円安は異常なものだった。にもかかわらず円安が大きな問題にされなかったのは①人々はメインクレーとに注目して実質レートを見ないから②アメリカが脱工業化を実現して製造業の利害が政治に反映されなくなった――ためだ。この結果、古い産業構造が円安で利益を得た。(P140) ▽ドル建て資産の4分の1程度は円高によって失われた。日本の対外資産は07年末で640兆円あり、そのうちドル建てのものが証券投資と同じ比率(41%)あるとすると、損失は63兆円程度だ。ユーロに対しても円高になっているので、それを含めれば損失はもっと拡大する。IMFが08年10月3日に公表した推計によるとサブプライム関連の金融機関損失の総額は今後数年間で約143兆円と予測されており、日本が為替変動ですでにこうむった損失は半分近くになる。今後、ドル安がもっと進むとさらに減価する。この損失を取り戻すのは不可能だろう。これは「史上最大のデフォルト」つまり「踏み倒し」と呼ばれることがある。ドル資産に集中して投資していた日本が愚かだっただけである。(P146) ▽世界経済は大きな転換点だ。新興国の世界経済に与える影響がこれまでの「供給の増加」から「需要の増加」にシフトしている。そのため長期的には価格上昇圧力が働く。(P165) ▽金の価値を基準と考えれば、今までに生じたのは「ドルの減価」であり、原油も農産物もさして価格が上昇したわけではない。(P165) ▽鉄鋼産業は原材料価格の高騰のためむしろ円高で収益が増えるような構造になった。これまで輸出産業はおしなべて円安を望んでいたが、いまや資産価格の値上がりでその一枚岩的な構造は崩れた。(P167) ▽アメリカの経常収支赤字が解決しない限り、混乱は収まらず、しわ寄せは日本と中国に集中する。日本の貿易収支赤字転換は不可避だ。5%のマイナス成長もあり得る。中長期的に見てより大きな問題を抱えているのはアメリカよりもむしろ日本だ。これからの日本は制御不可能な事態に直面する可能性がある。(P194) ▽円高こそが経済成長の利益を日本人が享受するための自然なルートだ。円高は日本人の労働価値が高く評価されることだからだ。日本の中核産業である輸出産業は政治や世論に対する影響力が圧倒的に強い。それゆえ、日本は円安を望むバイアスを持っている。金融緩和、円安政策を進めようとする勢力を抑え、方針を変更させられるだけの声が国民から上がるかどうかが日本の将来を決める。(P239) ▽日本経済が今回の危機を乗り越えるには為替レートが60円台になっても収益が上がる産業構造をつくること。資本面で国際的に開かれた国とすることだ。モノの輸出ではなくカネの運用によって国を支えられる時代においてはファイナンスの手法を習得し、対外資産の収益率を高めることが重要な国民的課題だ。そのために必要なのは高度な金融専門家の養成だ。これは日本の高等教育の中で最も立ち遅れた分野だ。(P246)  大体、以上が気づいた点だが、疑問点もあった。というのは野口氏は食料自給率アップは必要ない、食料を禁輸されるなどということはありえないのだから、農業を構造改革して輸入に頼ればいい、という。たしかに野口氏のいうようにカロリーベースの自給率という概念は異常に数字が低く出るかもしれないが、食糧安全保障という問題をまったく考慮しなくていいのだろうか? この部分の疑問は残った。  難しい数式の勉強も出てきて、いい頭の体操になる本だ。

作者: たつ

更新日:2009年1月9日 15時19分

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製造業派遣、朝日新聞は見直し論vs読売は苦しんでいる~1月9日の社説から

◆朝日新聞社説は「製造業派遣、規制の方向で再検討を」  朝日新聞は1月9日の1本社説<派遣切り拡大の衝撃――雇用を立て直す契機に>で製造業派遣について「規制する方向で再検討」すべきだ、とのスタンスを打ち出した。毎日新聞が昨年いち早く打ち出し、東京新聞が次いで主張していたが、これで毎日、東京、朝日3紙の主張が基本線でそろった形になった。  社説は「にわかに焦点となってきたのが、製造業への派遣労働を巡る問題」として「厚生労働省は3月末までに、少なくとも8万5千人の非正社員が職を失うとみているが、その3分の2が製造業で働く派遣労働者だ。工場の稼働は景気変動の影響を受けやすい。最も弱い立場の人々を世界不況が直撃した」との現状を説明。  「当初は通訳のような専門的な仕事に限られていた派遣という働き方が一気に広がったのは90年代後半。国際競争の荒波とバブル崩壊後の不況が重なった時期に、企業は必要な時だけ雇える働き手をほしがった。『多様な働き方』の名のもとに規制は緩められた。その流れを加速したのが小泉政権である。そして5年前に製造業への派遣が解禁された」と派遣労働法の歴史を振り返った。  朝日新聞が書くように「解禁が審議された当時は、失業率が戦後最悪の水準」だった。社説の「厚生労働相だった坂口力氏は『とにかくどんな形でもいいから働く場をという考えだった。景気が回復すれば正社員に戻ると期待していた』と後に語っている」という指摘は「へぇー」である。自公連立政権の大臣としてこの措置を決定した責任者の発言である。よく調べているなぁ。  しかし、「失業率はその後、景気回復にも伴いかなり改善した。ただ、坂口氏の言葉とは逆に派遣で働く人々はその後も急速に増え続け、正社員からの置き換えが進んでしまった。社員を大事にする日本企業の価値観も、利益追求や株主重視という米国型経営に引っ張られて姿を変えた。一方で、肝心な働き手を守るしくみの整備は置き去りにされ、その結果生じた社会のひずみが一気に広がっている」と景気回復にもかかわらず、セーフティーネット問題が置き去りにされたことを重視する。  そこで<■製造業派遣の再検討を>の見出しが出てくる。  与野党、経済界の主張をさらりと紹介しながら「目の前の現実を見れば、立場の弱い派遣という働き方をここまで広げたのは、やはり行き過ぎだったと言わざるをえない」、「製造業の現場で派遣として働く50万人近い人々に失職の危機が拡大しないよう配慮しつつ、製造業派遣について規制する方向で、最良の策について与野党で検討を始めるべきだろう」と結論を出している。  そして「解雇や派遣切りが、今ほど深刻な事態につながった原因は、非正社員を増やして雇用の流動化を進めながら、失業しても安心して次の職探しが出来るようなセーフティーネット(安全網)の整備を怠ってきたことだ。……期間工なども含め非正社員として働く人々は、一般的に失業した時の安全網が正社員よりもろい。失業手当や職業訓練を受けられる雇用保険は、これまで1年以上雇われる見込みがなければ加入できない仕組みだった。政府は、この要件を半年に短縮する方針を打ち出したが、それでも2~3カ月の契約を繰り返す細切れ派遣の人には適用されない」として「安全網からこぼれる人をなくすには、まず非正社員を原則としてすべて雇用保険に入れることだ」と要望している。 「働き方を考え直し、雇用の仕組みをよりよいものに作り直すことは、日本経済を強くすることにもつながる。そんな視点を忘れたくない」という結びの言葉は経済界へのメッセージなのだろう。  ここまで踏み込んだ主張をまとめるには時間がかかったのだろうが、こういう結論は正しいと思う。  経済成長は戦後日本の国家目標だったが、いまや輸出産業をエンジンとした成長は期待できない時代になったのだ。成長を期待できる新規産業を育成しなければならないし、それには国家資源の集中が必要だ。  戦後の傾斜生産方式は限りある国家資源を鉄鋼産業と石炭産業に集中させ、国家として成長の基盤を作った。通産省を創設し、国家ぐるみで日本製品を世界に売った。軽工業製品主体から重工業製品に、そして、自動車や精密電機のような高付加価値製品にと輸出産業の主流が移り変わった。  いまや、傾斜生産方式を新規成長産業で行わなければならない時代になった。朝日社説も書いているように環境関連の産業などが対象である。太陽電池やエコカーなどもそうだし、自給率アップを考えた時には日本農業を抜本的に転換する新農業政策が求められているはずだ。 ◆読売新聞は製造業派遣の取り扱いで苦しんでいるようだ  一方の雄、読売新聞は論説委員会の議論が空転しているのかどうか、まだはっきりした主張を打ち出すには至っていない。1月9日社説も<衆院予算委 民主党は積極的に対案を示せ>という直接関係ないテーマの中で少しだけ触れている。  「製造業への派遣規制は、やり方によっては、国際競争力や雇用確保にも影響する。経済界には、1人当たりの労働時間を縮めて仕事を分け合うワークシェアリングを検討する動きも出ている。日本の雇用体系をどうしていくのか。新たな産業、新たな雇用をどう創出するのか。中長期的観点からも論じ合うべきだ」という部分である。  製造業派遣規制に否定的とも取れるが「やり方によっては」など逃げており、今後、派遣規制に舵を切る含みもありそうだ。どっちにも行けるスタンスを保っており、その苦渋が透けて見えるようだ。 ◆ワークシェアリングを怖がる連合  両紙ともワークシェアリングに触れているのだが、このワークシェアリングが「言うは易く行うは難し」なことを読売新聞などの経済面が書いていた。  読売新聞1月9日朝刊経済面<「ワークシェア」どうする?/ゆらぐ雇用 割れる財界/経団連・日商トップに溝>である。  御手洗冨士夫・日本経団連会長のワークシェアリング論について日本商工会議所の岡村正会頭は慎重姿勢を示した、というのだ。8日の記者会見で「検討には値するが議論が未熟で、(導入は)早計に過ぎる。デフレ不況下の日本でワークシェアリングが定着しなかった理由は多くの企業が採用している年功序列型な賃金体系が賃下げを伴うワークシェアリングにはなじまなかったためだ」と語ったという。  <発言の背景には日商を組織する中小企業の多くで大企業以上に仕事量の減少が加速しており、ワークシェアリングの導入は現実的ではないという事情もあるとみられる。>  と分析していた。面白かったのが連合のアタフタ、オタオタぶりである。高木会長は「日本経団連と協議の場を持てないか、と議論をしている」と語ったものの、8日の労使フォーラムで団野久茂副事務局長が記者団に対して「議論を否定するわけではないが、本当にできるか慎重に考えないといけない」と語ったというのだ。記事の次の解説が正しいと思う。  <連合は今春闘でベア要求を掲げるが、ワークシェアリングは賃下げにつながるため、経済界からは「同時に要求するのは矛盾する」(財界関係者)という指摘もある。連合としては、経団連と踏み込んだ協議を行うのは難しいのが実情だ。> ◆内部留保を人件費にあてられないワケ  参考になったのが日経新聞1月9日朝刊1面ワッペン[雇用]で西條都夫編集委員が<雇用と競争力両立探れ>だった。  <日本の雇用の転機は01年度だ。松下電器産業(現パナソニック)は創業以来の「人減らしはしない」という慣行に決別し、希望退職に踏み切った。トヨタもベアゼロを決断。政治の世界では小泉政権が誕生、派遣労働の拡大など規制緩和を推進した。グローバル競争が激化する中、日本企業の構造問題といわれた「高コスト体質」「人件費の固定化」を是正する動きが本格化したのだ。>  という<01年転換期説>はそれなりに説得力を持つ。今回の雇用ショックはその時以来の激震だ、というのだ。  <前回は人件費の高い中高年が中心だったのに対し、今回は主に若年層という違いはあるが、過去の調整局面と比べても情勢は甘くない。>  <長らく雇用の受け皿だった建設業は公共投資減少で疲弊した。好調だった製造業のつまずきで、雇用の四番打者が不在の状況だ。かといって業績の悪化している企業が雇用を抱え続けることもできない。円高で収益が圧迫され、減産を迫られる中での過剰雇用は企業の体力を奪い取る。それでなくても米国発の金融危機で金融市場は凍り付いている。>  と情勢分析は進む。そして、「企業はもうけて、労働分配率が低すぎる」という批判に答えるつもりだろうか、次のように書いている。  <内部留保を人件費に回せ」という議論もあるが、企業が雇用調整をためらえば社債の格下げのリスクなどに直面、資金繰りが逼迫する恐れすらある。ソニーのような巨大企業ですら例外ではない。>  と書いている。そして、製造業派遣規制への反対論とその根拠を述べて、ワークシェアリングと当面の失職者対策を急げと書いている。ここでは2兆円バラマキを原資に仕事のない人の生活補助や職業訓練の費用に充ててはどうか、と提言している。 ◆産経新聞はワークシェアリング論で勝負か  面白かったのは製造業派遣の規制論に反対した産経新聞が1月9日朝刊1面トップのワッペン[雇用激震]で<「賃上げ」「非正規社員」置き去り/春闘 焦点はワークシェア>で今後、ワークシェア論を強力に打ち出しそうな雰囲気を出していたこと。昨日も書いたが、政治的にはワークシェア論は連合が困り、連合の支援を受けている民主党が困る、という構図になっている。  産経新聞は製造業派遣問題についてはこの日の経済面トップ<派遣規制緩和見直し浮上/雇用不安定化も機会増/経営に柔軟性/欠かせぬ「功罪」論議>で社説の主張を側面援護していた。  各紙の主張がこれだけ割れるのは久しぶりで、展開が面白くなってきた。

作者: たつ

更新日:2009年1月9日 13時22分

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製造業派遣禁止に反対する日経新聞、産経新聞社説~1月8日紙面から

 日経新聞と産経新聞が8日付社説で労働者派遣法の対象から製造業を除外すべきだ、という舛添厚労相や民主党、社民党、共産党の考え方に反対する主張を打ち出した。それぞれ経団連応援新聞、産業経済新聞としての立場から致し方ない選択だったのだろうが、変革への意志が感じられないのは寂しい限りだった。明確に製造業を除外しべし、としている毎日新聞や東京新聞とのコントラストがくっきり浮かび上がった。  日経新聞社説<雇用激震に備え短期・中長期の対策急げ>は、  <製造業への労働者の派遣事業が解禁された2004年以降、各地の製造現場では直接雇用の期間工などを派遣に置き換える動きが広がった。舛添氏の考え方、野党の案ともに細部は不明だが、04年以前の状態に戻すことを狙っているようだ。>  として、  <この規制強化は労働市場を不安定にする副作用がある。工場側にとって派遣社員は直接雇用の期間工を雇うのに比べ社会保険手続きなどを派遣会社に任せられる利点がある。働く側から見ると派遣制度がないのと比べ雇われやすい。また、すぐに仕事に就けるなどの理由で自ら派遣での就労を希望する人も増えている。そうしたことを考えると多様な雇用形態を残しておくことが望ましい。>  と主張するのだ。大雑把に言えば、その根拠は①労働市場が安定する②工場側の利点③働く側も職を得やすいメリットがあり、派遣希望者が増えている――というものだろう。①②は会社側の都合であり、③が労働者側のメリットだ、というのだ。だが、本当にそうなのだろうか? 最近の新聞で見る派遣労働者の訴えとあまりに乖離していないか? 誰だって望んで派遣労働をやりたくはないが、正社員として雇われないので、仕方なく派遣で働いているのだろう。そして、日経社説は続ける。  <日雇い派遣を原則禁止するために政府が国会に出し継続審議になった法改正案も問題が多い。派遣失業者にとって、今のようなときこそ一日単位で仕事を見付けられる日雇い派遣はありがたいものではないか。>  驚くべきことに、日雇い派遣も禁止すべきではない、という主張である。派遣労働者は1日単位の労働の切り売りが望ましい、とでも考えているのだろうか?  そして、次のように言う。  <規制強化に走るのは賢いやり方ではない。国が真っ先に取り組むべきなのは、財政資金や雇用保険に積み立てたお金をうまく使い、緊急避難的に仕事を提供したり失業者が次の職場を遅滞なく見付けられるよう職業訓練をしたりすることだ。>  後半部分はその通りだ、と思う。職業訓練の充実が求められている。ただ、日経新聞らしいと思うのは、公共事業の前倒し執行を求めていることだ。  <各地域の経済活性化につながる道路の整備などを厳選して事業家を急いでほしい。首都圏では羽田、成田空港への時間距離の短縮に役立つ交通網などが対象になる。>  というのだ。リチャード・クー氏だったか、公共事業の効用を説いており、その通りだと思う部分も多いのだが、誰かが言っていたが、どの公共事業を選ぶか、という時に省庁の意見が反映されると、実は後が大変なのだ。地方自治体の後年度負担が膨らみ、地方財政を圧迫するのである。だから、極端なことを言えば、穴を掘って、その穴を埋めるような公共事業でもいいから害悪を垂れ流さない公共事業をすべきだ、という主張をした人がいた。そういうことだろ思う。成田、羽田へのアクセスなど、将来の維持費まで考えて言っているのだろうか? 疑わしいと思う。  非正規雇用者の安全網の充実をせよ、という。まさしくその通りなのだ。雇用保険の適用対象を広げることと職業訓練が例示されている。教育の充実で誰もが手に職を持てば一時的に仕事からあぶれても苦労せずに次の仕事に就く機会が広がるので、そうした基盤整備を急げ、というのだが、抽象論である。  最後には御手洗冨士夫・日本経団連会長が提案したワークシェアリングに触れ、正社員と非正規社員について「同一労働・同一賃金」原則を導入するように求めるなどしている。この部分を写しておこう。  <企業が社員をどれだけ解雇しにくいかを経済協力開発機構が指数化したところ、日本は正規社員が手厚く守られている半面、非正規社員の保護の度合いは著しく低いという結果が出た。同一労働・同一賃金の原則とともに、この格差緩和も考えなければならない。どちらかといえば正規社員の既得権益維持に熱心な連合に意識改革を望みたい。>  このOECD調査の話は日経新聞8日朝刊3面<製造業派遣見直しに溝/与党 業種規制強化に慎重/民主 禁止検討へ方針転換>につけた奥村茂三郎編集委員の解説記事<性急な規制は逆効果/安全網の拡充急務>で詳しく説明してあった。つまり、OECDの08年版対日経済審査報告で「日本の正規労働者と非正規労働者の賃金格差は生産性の差をはるかに上回っている」と指摘し、「デュアリズム(二極分化)」の拡大を懸念している、という。  日経らしいと思う。社説で打ち出すだけでは言い足りないと思って、社説が2面に出る日の3面にこの記事を掲載し、社説を読む際の手引きにしている。奥村論文は趣旨が社説と同じだった。記事の中には八代尚宏・国際基督教大学教授の「昔も今も製造業は景気変動の影響を和らげるために非正規雇用を必要としている。規制緩和前に戻れば今度は請負や期間従業員が職を失いかねない」という談話を使っているが、この八代氏こそ規制緩和会議などで派遣労働法の製造業適用に動いた張本人だ。張本人にまでご登場j願ってものを言わせるくらいまで規制緩和グループの人材は枯渇してしまったのだろうか。  いずれにしても苦しい論理だと思うのだが、この問題は各社の論説室、論説委員会ともすぐにハンドルを切る、というわけにはいかない一貫した姿勢があったのだろう、と思う。今までの主張と整合させながら、どのように対処するか、である。その意味で日経新聞は相当に苦しい中でこの結論を選択したのだろう、と想像する。派遣労働者らからのバッシングは覚悟の上なのだろう。というか、派遣労働者は日経新聞をとらないから、読者が減るわけでもない、と達観しているのかもしれない。  そういう日経新聞のスタンスは一応理解するとして、貧乏だが志だけは高く産経新聞を読み続けよう、と考えているちょっと右翼チックな読者も翼下に抱える産経新聞が同じ日に<製造業派遣 規制強化は慎重な論議を>の社説を掲載したのは正直、意外だった。  主張の内容は日経新聞とほ同じである。  <規制緩和は、国際競争の激化でコスト削減を求められた企業側の事情が背景にある。企業は短い納期で多品種少量生産を要求されるようになった。ただ、これは労働者側にも雇用拡大という形でプラスになった。ここ数年の失業率は4%台と低い水準だ。それなのに、非正規雇用者の失業が拡大したから、製造業派遣を禁止すべきだというのは乱暴すぎるだろう。派遣労働者を雇えなくなれば、企業は直接雇用に頼らざるを得なくなる。それは、人件費の増加を招くため、企業側はかえって雇用を減らす方向に動く可能性が懸念される。また、柔軟な雇用調整ができなくなれば、日本企業は人件費の安い中国や東南アジアなどに生産をシフトすることも考えられる。それは、国内全体の雇用を減らし、失業率の上昇を招きかねない。製造業をめぐる喫緊の課題は、雇用の維持である。それを労使双方が認識した上で、正社員と非正規社員が一緒に仕事を分かち合うワークシェアリングを含め、さまざまな工夫を凝らしてほしい。>  というのが最も言いたい部分だろう。ここでも御手洗氏のワークシェアリング論に逃げているが、日経が最後に注文していたように、ワークシェアリング論というのは、正規社員の給与を下げ、非正規社員の給与を増やせ、という論である。連合にゲタを預ける議論であり、民主党の支持組織をいじめる、という政治的効果はあるかもしれないが、実現可能性はほぼゼロだろう。企業単位の労組の集合体であるナショナル・センターの連合が各企業内労組にそんなマイナスを押し付けることはできっこない。  産経新聞はどうしてこんな社説を掲載したのか? ただ単に自民党の麻生政権を応援し小沢氏の民主党に反対するためだったら寂しすぎる。

作者: たつ

更新日:2009年1月8日 16時0分

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メディア経済・政治・国際財政・社会保障

塩野七生さんの日本政治への提言、心して聞くべきだと思う~読売新聞1月8日朝刊から

 読売新聞1月8日朝刊1,2面の大河企画[大波乱に立ち向かう⑥]は塩野七生さん。あの「ローマ人の物語」の著者である。最新刊「ローマ亡き後の地中海世界」を今「なるほど、なるほど」と読んでいる最中なのだが、この読売新聞インタビューに出ている現代日本への憂国の情あふれる提言は背筋を伸ばして聞く価値がある、と思った。聞き手は文化部の尾崎真理子記者だ。 ローマ亡き後の地中海世界(上)著者:塩野七生販売元:新潮社Amazon.co.jpで詳細を確認する  塩野氏のインタビューは  <オバマ新大統領の登場は希望というより、「もう白人エリート層には任せておけない」という米国民の失意ゆえの選択ではないか。米国の覇権時代は、終わったような気がする。>  というくだりから始まる。そして、覇権を引き継ぐ強力な国が見当たらない。  <EUもロシアも中国も、あらゆる宗教を受け入れて正義を貫く度量はない。>  というのだ。逆に言えば覇権国家は「あらゆる宗教を受け入れて正義を貫く度量を持った国家」ということである。たしかに昔のアメリカはそうだった、と思う。  <覇者たる帝国なき時代。それは世界を律する政治意志なき時代であり、中世のような無秩序への逆行を意味する。その証拠が、アフリカ・ソマリア沖などで急激に広がる海賊だろう。>  まさに今、塩野氏の頭の中にはローマ帝国滅亡後の海賊の時代を描いた「ローマ亡き後の地中海世界」があるのだろう。当然、ソマリア沖の話が出ると思ったら、最初からその話だった。  <私が通史を書いた古代ローマ帝国なら、無法な略奪行為など即座に鎮圧した。安全保障を帝国の至上課題とすることで、多宗教、多文化が紀元前1世紀から200年も繁栄し続けた。この「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」が崩壊した途端、サラセンの海賊が地中海に出現し、暗黒の中世が1000年も続く。>  塩野氏は新著を海賊の定義から始めている。そして、公認の海賊、無法の海賊と分けていた。そして、現代の海賊は近代国家を切り崩す危険も孕むので早急に駆逐しなければならない、という。  <大国が悪の網に加担する疑念は、徹底的に糾弾すべきだ。困窮する国の無法者やテロリストを抑えるには、正当な経済援助しか結局は有効ではない。>  として、そこに日本の出番があるのだ、と説く。  <我々は覇権を持つ国ではないが、いまだ経済大国として、いい位置にいる。途上国や紛争地域の発展に貢献するために、持続的な国際協力活動を可能にする法整備を急ぐべき時だ。>  というのは異存ない。ただ、識者の中には日本の経済大国としての命もあとわずかだ、という人も多い。90歳を迎えたシュミット元西ドイツ首相もそう言っていた。時間はない。  <帝国なき時代は日本の好機かもしれない。法の正義を順守して、手堅く生き延びたベネチア共和国のように、キラリと光る国になってはどうか。>  ここからが塩野氏の提言である。「海の都の物語」(1980年)で塩野氏はベネチアの歴史を書いたが、  <高度成長を果たした日本と重ねた読者も多い中で、真意を見抜き、自省した識者もいた。「我々にはベネチアが重視した情報政策も、外交手腕もなく、自国の強力な海軍もないではないか」と。その課題は今も残されている。>  と言うのだ。塩野氏が言うように古代ローマもベネチアも状況に応じて法を活用する懸命な政治を行ったから生き残れたのだ。しかし、と塩野氏は続ける。  <日本の現状は百年に一度の経済恐慌というが、それ以上にわが国の政治危機は深刻だと思える。>  として、経済危機よりも深刻な日本の政治危機がどういうものか、説明する。  <自由市場に任せれば、ひずみは生じ、格差は拡大する。ひずみとはエネルギーの浪費であり、政治とは、ひずみを法で軌道修正する手段のこと。スピードだけで勝敗をつけず、効率よくエネルギーを使い全員がゴールに入るよう調整する。それが政治本来の役割なのに、日本の政治家はその調整能力をすっかりなくしている。>  「政治とは何か」である。塩野氏の言葉は重い、と思う。政治家はこの記事を読んでいるのだろうか? 是非各政党で議員に記事のコピーを配ってほしい。読んでも理解できないような議員だったら、国会議員を辞めていただいたほうがいい、と思う。そして、塩野氏の提言である。  <思い切って言うが、人材払底のこの危機を大連立内閣で乗り切ってはどうか。5年限定でよい。ベネチアの十人委員会のような非常時の超党派体制を組み、まず経済政策を一本化させる。憲法9条の改正も、大連立で視野に入ってくる。民間の海外進出を自衛隊が護衛できるよう法を整備し、日本企業の生産拠点が途上国に増えれば、国益はもとより世界経済、ひいては「中世」への逆行を食い止める重要な役割を、我が国が果たすことができる。>  随分と思い切って言ってくれたものだが、全面的に賛成である。言い難かっただろうと思う。日本にはまだ丸山真男信者も多く、心情的進歩的文化人を崇拝する伝統が消えておらず、改憲といえば非国民と石もて追われる雰囲気がある中で、言いたいことをズバリ言った、という感じだ。  <徳川幕府の太平の世に独自の文化が開花し、今のクール・ジャパンの源泉となった。反面、外交能力は失った。産業分野を「士農工商」で再考すれば、忠君一辺倒の「士」の精神はもはや役立たない。他人の資金で儲ける「商」=ファンナンスの才も薄い。「農」には未来がある。若者を引きつけるベンチャー的手法を取り込めば活路は開く。>  なるほど、と思う。目から鱗が落ちる感もある。武士道とかまた見直されており、何か違和感があったのだが、こうズバリ言われると納得である。商業的センスは薄いのだろう、日本人は、確かに。そして、「農」重視は私の年来の考えと一致している。塩野氏が言うように若者を引きつける魅力がなければならない。これを実現するのは大革命を起こすように難しいことなのだと思うのだが、だからこそ、大連立をしろ、と言っているのだろう。つまり産業構造の大転換が必要なのだから。  <だが、何といっても日本は「工」の国だろう。トヨタ、ソニー、ホンダなどの工業製品は、やはりこの国最良の才の産物。実体経済の要である工業の発展に、心を寄せようではないか。ホンダのF1撤退も、リーダーの英断と評価したい。エコ車の開発に資金を集中させれば、地球全体が恩恵を享受できる。日本は技術力で覇権を握ればいい。>  そうではあるが、それがまた難しいのでしょう。塩野氏が書いているように、製造業は今後、もっともっと途上国に工場をシフトしていくだろう。それを守る海軍を充実し、情報ネットワークを整備することで若者の雇用はある程度吸収できるだろうが、よく産業界で言われるような高度付加価値製品だけ日本国内で作る、とか、研究開発分門は海外移転しない、という仕分けが本当に長年続く保証があるのかどうか。僕は結局は高度付加価値製品まで海外で作るようになる、と思う。日本の青年には語学教育を徹底して仕込み、そういう海外拠点での監督責任者になる教育をしなければならないかもしれない。この辺、ものすごく難しい点だと思う。  <ルネサンス期の思想家マキャベリ同様、「実際に行動を起こす人のために」、私は歴史エッセーや小説を40年以上書いてきた。現在、海賊と政情不安と干ばつに苦しむ北アフリカも、古代ローマ時代は帝国の下水道が敷かれた緑地帯だった。「人間は食と安全が保障されれば、略奪せず何とか自立できる存在だ」とだけは言っておきたい。人間の意志と実行力こそ、帝国なき時代の平和という奇跡を生む。正義なき宗教への妄信が、それを生むのではない。>  政治家諸兄は心して読んでくれただろうか。読売新聞のこのシリーズ、いいなぁ。

作者: たつ

更新日:2009年1月8日 14時31分

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90歳のヘルムート・シュミット元西独首相の予言「日本の対中経済優位はあと20年だけ」~読売新聞1月7日朝刊から

 読売新聞1月7日朝刊1面~2面続き物[大波乱に立ち向かう⑤]でヘルムート・シュミット元西ドイツ首相が登場していたので驚いた。「まだ生きていたのか」の驚きである。人物紹介を読むと、独ハンブルク出身。大恐慌時に少年時代を過ごし、第2次世界大戦で軍務に就く。戦後、社会民主党入党、ハンブルク大卒。国防相、財務相を経て1974~82年首相。90歳とあった。やっぱり昔々の人だった。しかし、言っていることはボケていない。  写真を見ると、ハンブルクの自分の事務所の執務机の前でインタビューを受けているようで、左手の指にはタバコを持っている。ヘビースモーカーのようだ。タバコを吸っても90歳までしっかり元気に生きられる見本のような人だ。  世界金融危機への対処を主に聞いているので、そういう話題が多いのだが、面白かったのは彼の「日本論」だった。主な発言を書いておこう。聞き手は欧州総局長の森千春記者だ。 ▽世界経済・政治の重心は明らかに北米から東アジアあるいは太平洋地域に移りつつある。特に中国、インドの重要性が増し、米国の重みが減少してきた。 ▽中国は、若い層の教育に多大な努力を注いでいる。欧米で大学教育を受けた中国人が帰国するのは、自国の経済の未来を信じているからだ。内政上で不測の事態がなければ、中国は今後40~50年で、テクノロジー面では、最先端に到達すると思う。 ▽私はこれまで21世紀に世界的影響力を持つ大国の顔触れを「米国、中国、ロシア」と予測してきた。ロシアを挙げるのは、バルト海からベーリング海峡まで延びる世界最大の国土と地下資源を有し、強大な軍事力を保有しているからだ。 ▽欧州連合(EU)は少なくとも21世紀前半にはこうした世界的大国の一角を占めることはない。 ▽民主主義、人権といったいわゆる西側の価値観は、もっぱら西側諸国のもので、アジアでは通用してこなかった。日本は例外だ。今後も、西側の価値観は、アジアでは大きな役割を果たさないだろう。中国には、4000年の文化があり、儒教や道教が受け継がれてきた。21世紀の世界で異なる価値観が存在することは、事実として受け入れなくてはならない。 ▽西側の人々は、アジアやイスラム圏の人と対話するためには、自分たちの価値観の源泉を知っていなければならない。西側の価値観の由来をキリスト教に求めがちだが、キリスト教の教えには民主主義も法治国家も人権も出てこない。こうした価値観は「啓蒙主義」に源泉があり、200~300年の間に人々の意識に定着した。その結果、欧州諸国は19世紀末から20世紀にかけて「すべての人の福祉」を目指す経済のあり方を志向した。 ▽日本の未来を考えるうえで、ドイツと比較したい。両国はともに第2次世界大戦後の半世紀で、当初想像もできなかった経済的成功をおさめた。大きな相違点はドイツがEUの中に根付いているのに対して、日本は近隣諸国から孤立していることだ。政治家をはじめとする日本の指導者たちには隣人と友好的な関係を打ち立てようとする努力が不足していたと思う。ドイツは戦後、近隣諸国との間である程度友好的な関係を構築できた点で、日本より幸福だ。 ▽中国と比較した場合の日本の経済的先進性は、20年もすれば意味がなくなるだろう。日本は自国の経済的優位にあまりにも長く依存してきたのではないか。その優位は、消滅しつつある。

作者: たつ

更新日:2009年1月7日 23時16分

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民主が製造業派遣禁止法案提出へvs経済界首脳発言集~1月7日朝刊各紙から

 昨日、小沢一郎氏の決断が待たれる、と書いたが、どうもすでに小沢一郎・民主党代表は労働者派遣法の製造業への派遣禁止を内容とする見直しを党幹部に指示していたらしい。詳しく読まなかったので分からなかったが、すでに朝日新聞が6日朝刊1面<製造業派遣 見直し焦点/規制案、民主検討へ/首相は慎重姿勢>で書いていた。見落とした。  朝日6日朝刊によると、  <民主党も製造業派遣規制に踏み込む。同党は労働組合を支持基盤とするだけに、これまでは「さらなる失業を招きかねない」と消極的だったが、予想を超える雇用情勢の悪化で方針転換を迫られた。共産、社民、国民新各党はかねて製造業派遣原則禁止を掲げており、小沢代表は4日、「4野党でしっかりまとめないといけない」と党幹部に指示。野党共闘を優先し、法改正の検討に入ることになった。>  <民主党政調幹部は「製造業で派遣切りが相次いでいることは事実。年度末の決算期に向けてさらに派遣が厳しい状況になるのは間違いない。そのままというわけにはいかない」と明言。派遣労働者への雇用保険適用などセーフティーネット強化策とあわせて検討する。菅直人代表代行は5日、「派遣村」の参加者らと国会内で開いた緊急集会で「まさに人災。大きな責任が野党を含む政治にある」と強調した。>  とあった。あまりに大きな記事なので、読み飛ばした。なぜ気づいたかと言えば、読売新聞1月7日朝刊政治面2段記事<製造業派遣禁止法案 民主提出へ>に目が行ったからだ。最初は勘違いして読売新聞の特ダネかと思ったが、それにしては扱いが小さいので疑問に思って昨日の新聞を読み返して、気づいた。  読売新聞の記事内容は朝日新聞と同じだった。小沢代表が指示した相手が菅直人代表代行だ、と特定していたのが新しいくいらいだ。  1月7日朝刊で目立ったのが経済3団体の新年パーティーとその後の3団体トップの共同記者会見を報じた各紙の記事だった。経済人も苦しんでいるらしい。各紙が報じた発言をピックアップしておこう。まずは朝日新聞1月7日朝刊経済面<経営者に聞く/製造業派遣見直し「性急」/給付金の効果疑問視>から。  桜井正光・経済同友会代表幹事は「製造業を派遣対象から排除するのは行き過ぎだ。(失業者らに対する)セーフティーネット(安全網)の充実など手直しを考えるのが重要だ」。  岡村正・日本商工会議所会頭は「うまく機能している時は、従業員は仕事の選択ができ、企業は繁閑期の労働調整ができた」と製造業派遣の意義を強調した。  御手洗冨士夫・日本経団連会長は「(製造業派遣は)働き方の多様化というニーズに対応してきた。将来の環境変化に対応するため政労使で法制の見直しをしていけばよい。ワークシェアリングも一つの選択肢で、そういう選択をする企業があってもおかしくない。時間外労働や所定労働時間を短くすることを検討することもありうる」と雇用の実情に応じた検討の必要性に言及した。  池田弘一・アサヒビール会長は「(見直し論は)性急すぎる。もし製造業派遣を規制すれば(企業はかえって人を雇わなくなり)失業率が高まる」。  槍田松瑩・三井物産社長は「バランスのとれた柔軟な雇用の仕組みがなければ、製造業は海外に逃避する」。  経営悪化を受けて大幅な人員削減に取り組んでいる中鉢良治・ソニー社長は「議論が内向きになりすぎている。日本の国際競争力の低下は避けなければならない」。  一方、これをきっかけに労働法制のあり方を見直すべきだ、という指摘もあるという。  鈴木敏文・セブン&アイ・ホールディングス会長は「正社員、非正社員という分け方が正しいのか、考える時期にきている」。  元産業再生機構専務で現在、経営共創基盤の冨山和彦代表取締役は「非正規社員に対する保護を強化する一方で正社員の保護をもっと緩めるべきではないか」と提案した、という。  読売新聞7日朝刊2面<ワークシェアで雇用維持/経団連「選択肢の一つ」>で、  <ワークシェアリングは、2002年の不況期に、政府と日本経団連、連合が進めることで合意した。その後、景気が持ち直したため、企業で導入する動きは広がらなかった経緯がある。>  として、別稿の[クリップ]で、  <ワークシェアリングとは幅広い年代層の社会参加を促すため、1980年代からオランダなど欧州を中心に普及した。日本の大手企業では日立製作所やシャープなども一時、導入したが、現在ではほとんどの大企業が制度を打ち切っている。>  とあった。読売新聞はまた、経済面<経団連ワークシェア言及/雇用改善 財界も模索/背景にリストラ批判>でこの財界新年会の発言をまとめていた。  面白いのは経済3団体トップの発言内容の重点の置き方が朝日新聞と違っていることだ。読売は以下のように取り上げた。  御手洗氏は記者会見で経団連、経済同友会、日商が協力して雇用問題に取り組む考えを示し「新たな雇用を生み出すため、イノベーション(事業革新)により高付加価値の製品を生み出したり、新しいサービスを作りたい」と述べ、岡村氏は「環境関連の分野がポイント」と指摘した、とあった。  産経新聞7日朝刊は政治面<製造業への派遣規制/政府・与党内に溝/野党は格好の攻撃材料に>とまとめていたが、内容は今まで出た発言の羅列だった。  東京新聞は7日の社説<製造業派遣/禁止に踏み切る時だ>で昨年、毎日新聞が社説で打ち出していた労働者派遣法の見直し論に同調していた。ここに統計の数字があったのでまたメモしておく。何度かメモした数字と同じ統計だ。  <派遣労働者は労働力調査によると07年で約133万人。厚労省調査では07年度に派遣労働者として働いた人は約384万人。そして製造業派遣は約50万人とされる。禁止する場合には受け皿づくりが必要だろう。>  という数字だ。133万人と384万人の関係は実数と延べ人数の違いか? 東京新聞社説の主張を写しておく。  <今国会では継続審議となっていた労働者派遣法改正案が審議される予定だ。日雇い派遣の原則禁止などを盛り込んだものだが、この際、与野党間で協議して法案の修正を検討すべきである。>  というものだ。そして、経済界の慎重姿勢について次のように述べている。  <経済同友会などは製造業派遣の禁止に対して国際競争力の維持が困難になると強く反対する構えだ。禁止すれば海外移転が進み失業者は増えるとも指摘する。大事なことは経営者の姿勢だ。ある大手電機首脳は「日本企業の強さは人材にある。経営者はぎりぎりまで雇用を守るべきだ」と安易な解雇を戒めている。>  経済界の言い分に対して、説得力のある反論になっていない。  毎日新聞7日朝刊3面[クローズアップ]<財界「我慢の年」/トップ年初の声>もパーティーの一言集。  下妻博・関西経済同友会会長は「減産で人が余ったからといってすぐ解雇というのは短兵急だ」と。  数土文夫・JFEホールディングス社長は「日本の法人税は世界に比べて高い。それに加え雇用も維持しろ、非正規社員制度を廃止しろと言われたら、(他国の企業と)同じ土俵で相撲はとれない」と語った、という。随分と本音をしゃべっているなぁ、という感じだ。  流通業界の意見はどうも違う。さきほどのセブンイレブンではなく、今度は新浪剛史・ローソン社長。「われわれは人が集まらなくて大変な状況にある。産業間のアンバランスが課題だ。自社の採用は積極的にしていく」と言っている。  そういうことなのだろう。輸出産業、つまり製造業は今後も減産を繰り返し、縮小する傾向にある。しかし、内需は振興すべきだということで、特に流通業と農業は政府が力を入れて新興するだろう。その雇用の調整が今後、政治、経済界、労働界が力を合わせてやらねばならない仕事なのではなかろうか。

作者: たつ

更新日:2009年1月7日 16時15分

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「覇権」生んだ「派遣」の法的弱さ+年越し派遣村引越し+舛添発言~日経1月5日朝刊、毎日6日[経済観測]、朝日6日まとめ記事

◆日経新聞のQ&Aでお勉強  日経新聞1月5日朝刊[MONDAY NIKKEI 法務]の[リーガル3分間ゼミ]に<Q派遣契約を中途解除された…/A「登録型」の法的立場弱く>という記事が掲載されていた。派遣契約の仕組み図付きである。  日経のお得意な[ポイント]がついており、①派遣契約は派遣会社と派遣先の企業との企業間の契約②残った期間の賃金について派遣元への請求権はある――とあった。これだけでは分からないだろうが、記事は案外丁寧で、分かりやすかったので、理解した部分だけまとめておこう。  まず、非正規労働者には派遣労働者と期間労働者がある。  期間労働者(期間工)は企業と直接「有期雇用契約」を結んでいるため、労働契約法に基づき、契約期間中の解雇は、やむを得ない理由がある場合でなければ解雇できない。解雇する場合も正規雇用と同様、労働基準法に基づき、少なくとも30日前までの予告が必要とされている。  一方、派遣労働者は派遣元である派遣会社と「有期労働契約」を結んでいる。派遣会社は派遣先企業と結ぶ「労働者派遣契約」に基づき派遣する。だから、派遣労働者と派遣先企業とは実際には直接の雇用関係はない。  契約打ち切りについて厚生労働省は「法律上は派遣会社と派遣先企業との民事契約の問題」という。厚労省は派遣先企業に対して①派遣会社への事前通知②派遣労働者の就業斡旋――を求めているが、小川英郎弁護士は「派遣会社にとって派遣先は顧客なので、派遣切りをされても抗議しにくい」と指摘している、という。  派遣労働者は「常用型」と「登録型」に分かれる。  「常用型」は派遣会社と継続的な雇用関係があり、派遣先企業から契約解除されても派遣会社との雇用関係は継続する。解雇についても期間工同様に保護されている。  しかし、派遣労働者の大部分は「登録型」だ。この「登録型」は労働者が希望と合う業務があった場合に派遣先企業で働くため、派遣先が契約解除すると、雇用関係を打ち切る派遣会社もある、と書いている。小川弁護士は「法的な立場は極めて弱いが、残りの期間の賃金について派遣元への請求権はある」と指摘しているという。  「登録型」であっても派遣元に実態がなく、派遣先が労働条件を決めている場合などについては小川弁護士は「派遣先と労働協約が成立していたとみなすべきケースもある」とするが、裁判で争って派遣先との雇用関係を認められるようなケースはまれだそうだ。  「登録型」でも①同じ派遣会社で1年以上反復継続して雇用②所定労働時間が週20時間以上――の場合は雇用保険の対象となるので、失業給付の受給資格があるかどうか確認したほうがいい、というアドバイスで記事が終わっている。 ◆毎日新聞[経済観測](三連星さん)の視点はしっかりしている  毎日新聞1月6日朝刊[経済観測]は三連星さんが<派遣が生んだ覇権>でワープロで「ハケン」を変換したら「覇権」が出てきたが、今後は「派遣」が出てくるようになるだろう、という話から始めている。僕の場合、最初から「ハケン」は「派遣」だった気がするが、それはいつも「派遣」の言葉を打ち込んでいるからなのだろう。初期化されたATOKやMSの辞書では、「覇権」の使用頻度が「派遣」より多い、と想定していたのは当然だと思う。今が異常なのだから。コラムであり、少し斜めからものを見ているが、それだけに真実に迫れる部分もあるだろう。面白いフレーズを写しておく。  <派遣とは何ぞや。正社員ではない。アルバイト、パートタイマー、ちょっと違う。集団で派遣されるのだ。>  と大雑把に摑む。そして、  <まず人材派遣会社なるものがある。常時、数百人、数千年の待機労働者を抱えている。企業から「500人ほしい」「700人は」と要望があれば必要人員を派遣する。現代版「口入れ稼業」と思えばよい。>  そうだ。現代版の口入れ稼業である。  <そんな頭数だけで工場が動くのかの疑問には、機械化、オートメ化の普及で全員が精鋭の熟練工である必要はない。数週間の研修でリッパに補助工員はつとまる。急膨張する業種ではほとんどと言っていいほど派遣の助けを借りている。>  そういうことなのだろう。やはり産業技術の高度化が影響していた。大きく言えば「フォーディズム」の流れだろう。  <企業にすればコスト、人件費引き下げの効果は大きい。仕事は一人前とは行かず八掛け、七掛けかもしれぬが、社宅、家族手当、健康保険、企業年金は節約できる。フリンジ・ベネフィットの厚さは日本企業の特徴だから半減近い。>  そういうことだ。会社人間という微温的な環境に安住しているのは給与の高さだけではない。この「フリンジ・ベネフィット」が大きい。社宅に住めば月3万円で10万円相当の立派な家に住める。差額の7万円を貯蓄しておけば、定年退職までにはマイホームを手に入れるのも夢ではない。家族手当も大きい。子どもの教育には是非とも必要な手当てだ。健康保険は本人が支払う保険料と同額を会社が支払い続けている。企業年金は退職金とは別費目での退職後給付。厚生年金満額支給までのつなぎとして安心材料であるが、企業にとっては大きな出費だ。こういう目に見えない利益を従業員は得ている。しかし、派遣社員はこれを受けられない。社員食堂から締め出されたケースもあるという。社員食堂は一般の店よりも安く提供しているが、その差額を会社が補助しているからだ。  <そして社員のみの労働組合とは縁が無く、連合幹部の景気のよい掛け声も素通りだ。なにより、首切り宣告は誰だって苦手だが、派遣会社の電話一本ですむ。客観的に見て、こんなに経営者に都合よく労働者に不利な雇用システムはめずらしい。>  「連合は問題だ」とナショナル・センター批判をしたいのだが、もう一度立ち止まって考えてみれば、そもそもの連合の成り立ちから言って、「持てる者」の集合体だったわけだから、彼らに期待してもだめだ、ということだと分かる。  同盟も総評も政治と密着しながら自分たちの賃上げをはじめとする権利獲得闘争を繰り広げてきた歴史を持つ。  そのナショナル・センター同士が一緒になったのが連合である。  アルバイトやパートは相手にしてなかった。また、あの時代はそれで十分だった(かどうかは議論が分かれるとしても、社会的な弱者集団スポイルという印象は与えなかった)のに、労働者派遣法改正で製造業派遣が認められてから、非正規労働者が全労働者の3分の1を占めるようになって、その連合というナショナルセンターの「持てる者」の集合体という性格が露わになってしまった。09年度運動方針を見ても分かるように、社会的弱者である非正規雇用問題よりも自分たちの生活レベルアップのための賃上げが重要なのだ。  電話一本で雇用調整ができるシステム。それは経営者に楽をさせているだけでなく、連合所属の組合員にも「何年連続労働分配率が下がっているのはけしからん。経済成長の果実をおれたちにもよこせ」という都合のいい要求に使われて、差別されている。  労働分配率が落ちているのは非正規雇用を大幅に増やしたためで、基本的には正社員の給与は下がっていないのだ。非正規社員という透明人間が一生懸命働いた分け前を経営者と連合所属組合員が貪り食っているマンガが頭に浮かぶ。人間性のかけらも見えない。  <便利なものは普及する。日本経済のバックボーンともいえる自動車もいち早く派遣の利用に乗り出した。天下のビッグスリーを窮地に追い込んだわが日本車の覇権は不況の寒風にさらされている派遣社員の汗と涙の産物である。ワープロの変換エラーもそこまで読み込んではいないか。>  と、これが締めの言葉である。この斜めから見る視点、ジャーナリストには大切な視点なのだと改めて思う。 ◆「年越し派遣村」の引越しと舛添「派遣法見直し」発言  実は労働者派遣法の問題が1月5日、6日と新聞で取り上げられているのは年末年始を日比谷公園で過ごした失職派遣労働者の数のあまりの多さに多くの日本人が驚き、舛添厚労相が1月5日の閣議後の記者会見ですでに国会に提出している労働者派遣法改正案の修正に前向きな考えを明らかにしたことが大きい。  この発言を朝日新聞は1月5日夕刊1面トップ<派遣法改正案/厚労相、修正前向き/製造業の規制視野>で大きく扱った。この日は年を越した派遣村が撤収され、最終的に残った約500人が4施設に分散される日だった。日比谷公園に設置された「年越し派遣村」だったが、「派遣切り」などで仕事と家を失った人が続々日比谷公園に集まり、パンク状態となり、2日には隣にある厚生労働省ビルの講堂に約250人が移動した。労働組合や市民団体などでつくる実行委員会の想定の倍近い約300人が集まり、用意したテントが足りなくなったものだ。村長の湯浅誠・NPO法人自立生活サポートセンターもやい事務局長は2日夜の緊急記者会見で行政の対応の遅さを批判した。  そして、5日の引越しである。舛添厚労相がものを言ったのには伏線がある。5日は各省庁の仕事始めで、講堂を使用する日だったのだ。厚労省が晴れ着の職員らが大講堂に集い、華やかなムードで年の初めを祝う日に、その行事のために大講堂を追い出される非正規労働失業者たち、というコントラスト。これが、頭がいいだけでなく感受性の鋭い舛添氏の心に相当の負荷を与えたことは想像に難くない。講堂は2日夜、厚労省が実行委員会に開放し、約250人が3日間宿泊し、雇用危機を象徴する場所となっていたのだ。  そこで、舛添厚労相は閣議後の記者会見で「個人的には製造業にまで派遣労働を適用するのはいかがかと思う。多くの人が賛同するなら、その方向で(労働者派遣法の見直しを)検討しないといけない。国際競争で勝ち抜くために、派遣労働にしわ寄せがいくのは、豊かな社会とは言えない」と語った(毎日新聞夕刊より)のだ。同じ頃になるのだろうか、失業者たちはチャーターされたバスに乗り、中央区の閉校になった小学校2カ所や練馬区にある都の体育館、大田区にある都の労働者向け一時宿泊施設の4カ所の仮の宿に移ったという。 ◆朝日新聞1月6日朝刊のまとめ記事も分かりやすかった  しかし、舛添氏の発言はやはり、と言うべきか思い付きに過ぎず、内閣の総意にはならなかった。官房長官も記者会見で即座に舛添案を否定した。  この経緯と底流は朝日新聞1月6日朝刊政策面<派遣法改正に是非論/製造業の規制急浮上/経済界は否定的 弾力性を重視>と関連記事<04年解禁後急速に増加/数カ月契約の「登録型」多数>に詳しかった。  記事には経済界の本音がどんどん出てくる。匿名のコメントも多かったが、発言した企業幹部は人非人のようなことを言ってテロに襲われるとでも思って名前を出さなかったのだろうか。  ある大手電機メーカー役員が製造業派遣が禁止された場合の影響について「雇用調整を弾力的にできなくなれば、日本メーカーは中国や台湾のメーカーにますます生産を委託するようになる。景気が回復しても国内に雇用は戻らないだろう」と話している。  別の大手電機メーカーは「正社員を増やす方向で議論が進めば人件費の増加につながる」と心配しているそうだ。  桜井正光・経済同友会代表幹事は派遣会社や請負会社などの製造現場での活用について「経営に柔軟性を与え、長い目で見て成長につながる。(規制強化を含む雇用形態の抜本的な見直しは)やるべきではない」。  岡村正・日本商工会議所会頭は「企業は(労働)需給調整が可能となり、働く側には働き方の多様化というメリットがある」。  御手洗冨士夫・日本経団連会長は朝日新聞のインタビューで「ここまで急激に(景気が)深い淵に落とし込まれるとは予測しておらず、一歩遅れた」として請負会社の支援を検討する意向を示した、とある。  経団連で今春闘での経営側指針をまとめた大橋洋治・日本経団連副会長は5日の連合の新年交歓会で「雇用の維持拡大に労使間で真摯な協議を行うのが重要だ」と歩み寄りの姿勢を示した、とあった。  以上が経済界の本音と建前である。本音も建前も「単純労働の派遣業除外などとんでもない」という点では一致している。  本音はそうしないと中国、韓国、台湾に負けるから、安く使える人員が必要だ、ということ。本音を国民の前でベラベラしゃべるのはオリックスの宮内義彦氏とザアールの女社長に任せているようでもある。  「悪者になってほしい。その代わり、商売のほうはきちんと面倒を見るから」とでも言われているのかどうか知らないが、経団連のお偉方はもう少し冷静な言葉で、だけど、厳しいことを言っているのだ。  データ集のような別稿も勉強になった。  <1985年に成立した労働者派遣法では当初、秘書や通訳などの専門業務に限って派遣を認めた。工場での作業が危険なため、派遣が認められなかった製造業も04年には解禁され、大手製造業の工場で派遣が急速に増加した。>  <小泉政権の規制緩和の流れの中、政府は失業率の改善策として柔軟な雇用形態を求める経済界の要望を受け入れるかたちで解禁した。>  <2007年度の製造業への派遣労働者は46万人で、前年度の約2倍に増えている。製造現場で働く人の多くは、派遣会社に登録し、数カ月程度の細切れ契約で働く「登録型派遣」が多い。いつ仕事を失うか分からない不安定雇用だとして、労働組合などが規制を求め続けてきた。共産、社民、国民新の野党各党も登録型の原則禁止を主張している。しかし、政府が昨秋の臨時国会に提出した派遣法改正案では、登録型は「労使双方にニーズがある」と規制を見送り、日雇い派遣の禁止にとどめた。民主党も根本的な規制には踏み込まず、「2カ月以内の派遣禁止」にとどめた法改正案を準備していた。>  というのが今までの流れだ。  <だが、景気の後退に伴って自動車など製造業で「派遣切り」が急速に進行。厚労省のまとめでは、昨年10月から今年3月までに職を失う非正規社員8万5000人のうち製造業が96%を占めた。>  そして、  <「派遣切り」などで仕事と住まいを失った人たちに、年末年始の寝場所と食事を提供する東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に約500人が集まり、世論の批判が急速に強まったことも、政治家の発言を後押しした。>  <だが、製造業派遣を禁止すれば、メーカーは直接雇用や請負で対応せざるをえない。管理面で派遣より負担が大きくなるため、与党だけではなく、民主党内にも「規制を強めると雇用が減る可能性がある」と根強い慎重論がある。>  <請負は派遣以上に法規制が不十分だとして、「働く側にもプラスにならない」と懸念する声もある。一方、もやいの湯浅誠事務局長は「職を失って苦しんでいる人は派遣だけではない」と請負や有期雇用を含む働き方全体を見直すべきだと指摘している。>  と、以上なのだが、<労働者派遣法の規制緩和の動き>年表も勉強になる。 1985年 労働者派遣法制定 1986年 13業務を対象に派遣法施行 1996年 派遣対象を26業務に広げる 1999年 対象業務を原則自由化 2000年 正社員への道がある紹介予定派遣開始 2004年 上限1年で製造業派遣を解禁、制限期間を過ぎたとき派遣先企業に直接雇用の申し込み義務。 2007年 製造業派遣の制限期間を1年から3年に拡大  である。  「紹介予定派遣」などという分からない言葉も出てきた。  この記事は相当に詳しくて参考になったのだが、視点が経済人と同じ目線になってしまっているのが気になる。若い記者は取材すれば取材対象に感情移入するからある程度はやむを得ないのだが、もう少し客観的に書いてほしかった。  また、民主党の立場が微妙のようだが、こういう問題こそ小沢代表が乗り出してきて「製造業はダメだ」と一言言えばいいのではないか。先ほどから書いているように、日本経団連と連合は同じ鏡の裏表の関係にあるに過ぎない。その連合の代表者たちは自分たちの利益のパイを減らさないように、と経団連と同じことを言うのだろう。ここは剛腕、小沢代表の決断に待つしかない。決断してください、小沢さん。

作者: たつ

更新日:2009年1月6日 15時53分

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経済・政治・国際財政・社会保障

麻生首相の虚勢と小沢代表の余裕が目立った年頭記者会見~毎日jPの会見全文から

 毎日新聞1月5日朝刊を見ていたら、1面3段見出しで麻生太郎首相の年頭会見<「予算成立前、解散せず」/麻生首相/「話し合い」も否定/年頭会見>とあり、その下に2段見出しで<小沢代表/「雇用」で論戦臨む/「早期解散避けられぬ」>が掲載してあったのだが、最後に記者会見全文は毎日jPにある、と注意書きがあったので、インターネットを見てみた。全文があったので、コピペした。  全文そのままをこのブログに載せておくといろいろ問題があるので、関係部分だけ残して、消していく。少しだけコメントをつけて読んでみよう。 ◆麻生太郎首相の年頭記者会見  まずは麻生太郎首相が4日午前首相官邸で行った年頭記者会見である。  冒頭発言は「今年は今上陛下即位20年、ご成婚50周年、金婚式、誠におめでたい年」などと明るい話題を並べて「景気は気から」を実践しようとしている様子が見えた。そして、「安心して暮らせる日本。活力ある日本。この思いを年初め字に込めたいと存じます』と言って、演壇横の台で筆で色紙1枚に「安心」「活力」と書き込んだそうだ。  首相は「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」という言葉をあげて「好きな言葉であり、ある哲学者の言葉です。未来は私たちが創るもの。我々が創る。未来は明るい。そう信じて行動を起こす。そうした意志こそが未来を切り開く、大きな力になるのだと思っております。国民の皆様のために明るい日本をつくりたい。そう強く考えております」と結んだ。楽天主義で勝利を目指しているのである。  記者との一問一答に移る。  「民主党は第2次補正予算案から定額給付金を分離するよう求めている。景気対策の早期実行のため民主党と話し合うつもりはあるのか、それとも再可決を前提にあくまで正面突破を図るのか」という質問には事実上、無回答。  記者が「新年度の予算と関連法案成立までは解散・総選挙をしないのか、国会運営が行き詰まった時、予算成立のための話し合い解散は?」と聞くと、首相は「まずは予算と関連法案を早急に成立させる、これが重要。それまで解散を考えることはありません。また今、国会が行き詰まったときに話し合い、そのようなことは考えて、話し合い解散でしたっけ、考えておりません」と答えた。国会運営についてはこれがすべてだろう。  内閣記者会も意地が悪い。というか、聞くべきことをやっと聞いている。  「総理は解散時期は自身で判断する言っているが、支持率がだいぶ下がって行く中で、与党内には麻生総理では選挙を戦えないのではないかという声も強まっている。それでもあくまでも自身で解散するのか」という質問である。  首相の答えはいつもと同じだった。  「総理大臣が解散を決断します。すなわち麻生太郎が決断をします」と。争点ということで「国の将来に対して責任を持つことも大事。中福祉いうのならば中負担がどうしても必要と私は景気回復の後に消費税増税をお願いする、と申し上げた。無責任なことはできない。そういうのが政府・自民党だと、私はそこを一番申し上げたい」と胸を張ったらしい。これぞ責任政党、ということだろうか。それで通用すればいいのだが、今はその虚勢が通じなくなっている。麻生氏も気づいているだろうに、もはやスタイルは変えられないのか?  外交問題では最初にイスラエル軍がガザ地区に地上部隊を侵攻させたことについて聞かれ、首相は「長い話で、もともと(イスラエルがパレスチナ側から)ロケットを撃ち込まれた話からスタートしており、それに対する報復ということになります。事のスタートからなかなか話はまとまりにくいであろう」と暗い見通しを語った。  国際金融危機については「外交で優先順位の高いのは国際金融。明らかに金融収縮を起こしている。日本はIMFに10兆円、昨年融資した。大きな額をきちんと(拠出)しているのは日本だけだ。世界の大国として責任を持っていかねばならない。新しい国際金融秩序を作らないといけない。すべて市場経済原理主義みたいな話への危機感が出たことは今回明らかで、きちんとした監視が必要ということに関し、昨年のワシントンDC(11月の主要20カ国・地域サミット)でも提案し、日本案がそのまま採用になった。きちんとした対応がされているか、きちんと世界中でチェックし合わないといけない」と雄弁だった。  集団的自衛権問題については「政府は集団的自衛権の行使は憲法上許されないという解釈を採り、その立場は変わっていない。だが、非常に重要な課題なので、かなり議論される必要がある。ソマリア沖の海賊なども含めて、具体的なことになってきている。そういったことも含めて対応を考えていかない。懇談会報告書も出されているので、そういったものを踏まえて引き続き、検討していかねばならない」と言う。 ◆小沢一郎・民主党代表の年頭記者会見  小沢氏も4日、民主党本部で年頭記者会見を行った。これも毎日jPからピックアップする。  小沢氏は「去年の金融危機以来、今年も厳しい状況が続くと思うが、今の自公政権はそれを克服するすべを持たないのが現実だと思う。私どもとは国民生活をしっかり守る。国民の生活が第一という観点に立った政権を実現する。それに向けて全力で国民に訴え、目標を達成する大いなる年に、日本の国のために、国民のために、そして我々、民主党のために大いなる年にしたい」とまずは抱負を語った。  これは当然の内容だろう。  第2次補正予算については「雇用対策等は、我々なりの意見を是非反映させたい。雇用や中小零細企業の資金繰り対策問題などは可能な限り我々の意見を反映したい。(定額給付金の)2兆円問題は国民の皆さんの7割も反対している。2兆円のキャッシュがあれば例えば高齢者の窓口負担は1兆円ぐらいですか、(この)問題にも充てることができるし、小中学校の耐震構造をきちんと完成させる、これも確か数千億でできる話です。あるいは高速道路無料化という我々の主張も出来る。いろんな意味でもっと有効な使い方があると思う。こういった選挙直前の国民を愚弄するような、あるいはお金を無駄に使うようなやり方については、これは認めるわけにはいかない」と2兆円バラマキが照準だった。 国会闘争方針も「徹底抗戦ではない。国民の皆さんの主張を断固、国会でも国民の皆さんに代わって主張していくということだ」と余裕の答弁をしている。  解散時期で記者団に「小沢代表は通常国会冒頭での解散を主張してきたが(できそうもない)」と聞かれると、少し興奮したのだろうか、「私が解散時期を主張していたのではない。勘違いしないで下さい。国民の皆さんが政治、行政に黙って耐えていると到底思えない。年は明けたが、年度末に向け、年末以上に厳しい状況になることが予想され、国民の皆さんの政府批判、そして主権者の意思を問えという声は、麻生首相の単なる政権維持の意図を超える大きな声になるのではないかと思っている」と猛然と反論している。  小沢氏らしい論理で、首相としての答弁ならば問題を引き起こしかねないが、今は野党党首だからいいのではないか、と思う。  衆院選の争点、キャッチフレーズ、永田元議員の自殺など質問は多岐にわたったが、内実のある答えはなかった。  番記者ももう少し政策の内容に踏み込んで質問すべきだと思うのだが、どうしてしないのだろう。農業対策や円高対策としての内需型経済への転換策など、語らせれば面白いのに。政局記者ばかり増えたのだろうか?  総じて麻生太郎氏の虚勢と小沢一郎氏の余裕がほの見えた記者会見だった。

作者: たつ

更新日:2009年1月5日 13時32分

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御厨氏のいう「戦後」とは?~朝日新聞1月3日朝刊[私の視点]から

 朝日新聞1月3日朝刊OPINION面[私の視点]は御厨貴・東大教授(政治学)の<今年の選択/「戦後」乗り越える強い首相を>だった。ものすごく抽象的に書かれており、言っていることがよく分からないのだが、「戦後」をめぐる歴代政権の格闘ぶりを書いて興味深かった。 ◆吉田茂首相は「戦後」を作った。  これはサンフランシスコ講和条約と日米安保条約体制のことだろう。軽武装・経済大国路線の基礎を作ったのが吉田茂だった、という意味で「戦後をつくった」と書いたのだろう。 ◆1956年の経済白書が「もはや戦後ではない」と高らかにうたった。  これは鳩山一郎内閣。  1954年春に明らかになった造船疑獄が吉田内閣の首を絞めた。朝鮮戦争の停戦協定発効で不況に苦しんだ業界が政府・与党に利子補給など業界に有利な法整備を求めて働きかけた。自由党吉田派の佐藤栄作幹事長の逮捕も間近とみられたが、犬養健法相が検事総長に指揮権を発動し、佐藤逮捕が幻になった。内閣不信任案も与党の反対で否決された。吉田批判が燃え盛り、巻き返しを図った吉田は岸信介を除名したが、これを機会に岸派、鳩山派、改進党、日本自由党が合体して日本民主党を結成する。初代総裁は鳩山一郎、幹事長は岸信介で衆院120人の勢力を誇った。左右社会党と連携すれば吉田政権を倒せる勢力になった。  1954年12月6日、民主党と社会党が内閣不信任案を提出すると、第5次吉田内閣は総辞職の道を選ぶしかなかった。第2次吉田政権から数えて6年2ヶ月にわたる長期政権に幕が下りた。  1954年12月10日、鳩山一郎が首班指名を受けた。第2次鳩山内閣の55年10月に左右の社会党が左派の鈴木茂三郎氏を委員長に、右派の浅沼稲次郎氏を書記長に新たに日本社会党を結成。  一方、危機感を深めた財界の後押しもあって11月15日に自民党が誕生した。この自民党政権は宮沢喜一政権が倒れた1993年8月まで38年間、「一党支配」(御厨氏が言う「一党優位体制」)を続ける。国会では多数の自民党と万年野党の社会党による「自社55年体制」が続いた。  鳩山首相は56年10月19日にはモスクワで日ソ共同宣言に署名し、平和条約締結の際には歯舞色丹両島を返還するとされた。ソ連の賛成で56年12月18日には国連加盟が実現した。  鳩山首相は55年1月に「経済自立5カ年計画」を閣議決定し、吉田茂前首相が嫌った計画経済を押し進める。  54年11月に不況を抜け出した後、日本経済は57年6月まで31ヶ月に及ぶ神武景気を謳歌する。55年から56年にかけて主要産業が一気に設備投資を行い、56年はそれまでに見られなかったような好況の年になった。  そこで、56年度の経済白書は「もはや戦後ではない」と高らかに宣言したのだ。 ◆岸信介が60年の安保改定で「戦前」の幻影を呼び覚ました結果、次の池田勇人は高度成長政策で「戦後」をいま一度演出しなければならなくなる。  それはそうなのだが、草野厚・慶大教授が2005年に出版した「歴代首相の経済政策全データ」(角川oneテーマ21)で「条約の不平等性を改正することに、なぜ、人々が反対したのか。それは、岸が戦前の満州経営の総責任者であり、東條内閣の閣僚でもあったことなど、A級戦犯として訴追された、その経歴にあった」と書いている通り、吉田茂首相が結ばざるを得なかった日米安保条約には米国の日本防衛義務が明記されていなかった。それなのに、日本は米国に基地を提供する義務がある、という不平等条約だった。 歴代首相の経済政策全データ (角川oneテーマ21)著者:草野 厚販売元:角川書店Amazon.co.jpで詳細を確認する  このため、吉田は講和条約は出席者全員が署名にしたものの、安保条約では自分一人の署名にとどめ、閣僚らを巻き込まなかった。地獄に行って先祖に「こんな屈辱的な植民地になるような条約を結んだのは私だけです。すべては私の責任です」と謝らねばならないだろう。その時、謝るのは自分だけでいい、と考えたのだろう。その日米「不平等押し付け」条約の改定のチャンスがようやくめぐってきたのだ。  しかし、国民の受け止め方は違っていた。  草野氏が書いているように、A級戦犯の首相、満州の妖怪、右翼とのつながり…など、当時の空気からすれば「悪」とされる印象ばかりが岸にこびりついていた。  岸内閣が最初に取り組んだのが鳩山内閣以来の懸案だった教職員に対する勤務評定問題だった。地方公務員法では任命権者が職員の勤務評定をする、と決められているのに日教組が反発していた。日教組は岸内閣発足に合わせて全国で勤評闘争を繰り広げたが、岸内閣は58年4月以降、全国の都道府県で勤務評定を実施した。日教組はストライキなどで抵抗した。  しかし、一般公務員には行われている勤務評定をなぜ教師に対して行ってはいけないのか、という疑問。日教組社会党もその本質的な国民の質問に答えられなかった。  58年5月22日の総選挙では社会党は8議席増えたものの、自民党も追加公認を入れて298と8議席増やし、社会党への風は吹かなかった。  しかし、その後の警察官職務執行法(警職法)は総評・社会党が「おいこら警官がデート中でも邪魔をする」「デートもできない警職法」というキャッチフレーズで反対闘争を展開し、岸首相は58年11月21日、鈴木茂三郎社会党委員長との会談で廃案を明らかにするという敗北を喫した。  岸は傷を負い、池田勇人、前尾繁三郎、三木武夫の3閣僚が辞任する騒ぎとなった。  この流れの中で安保改定が出てきた。ソ連と友好関係にあった社会党はソ連が日本に中立を求めたため、中立を党是として、安保廃棄を目標に闘いを組み立てた。冷戦の真っ最中に米国に敵対する勢力に寝返ろうという政策だった。浅沼稲次郎書記長は訪中し「アメリカ帝国主義は日中両国人民の敵」と発言した。日本の中で米ソ冷戦の代理戦争が戦われているようなものだった。  岸首相は60年1月に訪米して新安保条約に調印した。  5月20日未明、新安保条約の批准を衆院本会議で単独強行採決。国会を大デモが取り巻き、政治はマヒ状態に陥ったが、1カ月後の自然承認を岸はじっと待った。東大の女子学生がデモ中に死亡するなどの痛ましい事故もあった。  しかし、条約の自然承認後は、安保反対の熱気が嘘のように引いた。国内は政治無関心、政治アパシー状態に陥った。  岸首相は混乱の責任を取って1960年6月23日に引退表明した。そして、7月19日に池田勇人政権がスタートする。  実は所得倍増計画は岸内閣からスタートしている。  ただ、発案者は池田勇人だった。59年にブレーンの中山伊知郎・一橋大学教授らと協議の上「月給倍増論」を打ち出し、参院選挙の公約にもした。池田は自分の内閣をつくると、本格的に所得倍増論を打ち出した。すさんだ国民感情を慰撫するための内閣のスローガンは「寛容と忍耐」だった。  池田内閣が「戦後」を卒業するための階段を何段か上ったことは間違いない。  1963年にはGATT11条国に移行。国際収支の赤字を理由に輸入制限を行うことができなくなった。64年にはIMF8条国に移行。64年4月にはOECDに加盟した。それは日本が国際社会の中で開発途上国を卒業し、先進国の仲間入りしたことを意味した。  池田首相の最後の晴れ舞台は東京五輪だった。これは「戦後への決別セレモニー」でもあったのだが、池田自身はがんにおかされ、入院。五輪閉会式後に辞任を表明する。 ◆続く佐藤栄作は約8年の政権を通して「沖縄の返還なくして戦後は終わらない」と訴え続けた。返還は実現したものの、「戦後」の安定的な秩序を確認するにとどまった。  「人事の佐藤」と言われる。だから、長期政権ができたのだ、と。しかし、そうでもない。怒りっぽい佐藤は臆病なだけで、決断できない首相だったのかもしれない。満州経営に辣腕を振るった兄にいつもコンプレックスを抱き、運輸相という二流官庁でうだつが上がらなかった青年時代を過ごしながら、這い上がってきた。佐藤は運がいい。首相になった時も池田ががんに倒れたため、権力闘争を繰り広げずに官邸に入れたため、余力を持って政権運営ができた。最も恵まれていたのはライバルがどんどん死んでしまったことだ。大野伴睦、河野一郎である。藤山愛一郎が残ったとはいえ、絹の手袋をして生まれてきた経済人は佐藤の相手ではなかった。運鈍根を地で行ったのが佐藤だろう。  佐藤時代、外交の発展は目を見張るものがある。1965年6月22日、日韓基本条約を締結した。韓国は対日賠償請求権を放棄する一方、日本は韓国に無償資金協力、円借款を供与するという内容だ。  この日韓条約は後々、韓国で何度も政争の具とされる。朴正煕政権が「漢江の奇跡」を起こすためにぜひとも必要だった金を日本から調達する意味もあって条約を急いだのは事実だ。そして韓国は長かった朝鮮戦争後遺症からようやくテイクオフすることができた。国と国の取り交わした条約なのに、韓国の「民主化勢力」は「軍事政権のやったことは認めない」「歴史を書き換える」などとめちゃくちゃを言って、条約にけちをつけ、「個人の賠償請求権は残っているはず」などと主張していた。この問題は最高裁が温家宝来日直前に判決を出し、国家が結んだ条約は国民をも縛る、という当たり前の内容をうたったため、ようやく決着したものの、長い間、無駄な法廷闘争が繰り返された、というのが一般的な受け止め方だろう。  佐藤がいつ沖縄返還を自分の最大の仕事と決意したのか。勉強不足で分からないが、佐藤のすごさは一旦決めたら、その目標に向かって、すべてのことを集中することだ。ここで思い出すのが宮沢喜一通産相の無策ぶりだ。佐藤首相はニクソン大統領の南部対策のため繊維摩擦を解消する必要が出てきた。このため、日米関係に詳しい宮沢氏を通産省にして、繊維問題の解決を託した。ところが宮沢氏は何もできずにおたおたしただけで、終わってしまった。このため、機嫌を損ねたニクソンが米中国交正常化を日本に事前連絡しなかったり、ドルと金の交換停止というニクソンショックも事前連絡なしに行われたのではないか、と言われている。愚図な宮沢氏の実害は実は日米関係で出ていたのだ。  宮沢氏は回顧録で「私は政治家ではなく官僚だった」とか言って、法制局の説明を真に受けて、法律内ではできることが限られていたので、できなかった、と話しているが、法律内でしかものごとをすることができないのを官僚といい、政治家はできないときには法律を作らねばならない。自分で自覚しているようではあるが、宮沢氏は首相の器でもなければ、本格的な政治家でもなかったことは確かだろう。評論家としてテレビで言うことを聞いているともっともらしかったが。  この宮沢通産相が無策だったので、佐藤首相は田中角栄を通産相に据え、即座に繊維摩擦を解決する。この手柄も角栄がポスト佐藤で福田に勝つ一つの勲章になっていたはずだ。  御厨氏のいう「『戦後』の安定的な秩序を確認するにとどまった」の意味がよく分からなかった。つまり、返還とは言っても今も沖縄は事実上、アメリカの植民地ではないか、といっているのか? よく分からない。 ◆佐藤を範とした中曽根康弘は82年、「戦後政治の総決算」を華やかに宣言して登場した。国鉄改革など「戦後」改革に着手したものの、イデオロギー面を含めた「戦後」からの転換は未完に終わる。  臨調行革路線と戦後政治の総決算路線という二つの路線で長期政権を謳歌したのが中曽根康弘だった。レーガン、サッチャー、全斗煥というトップが同時代にいた。新自由主義の二人と軍事政権の一人。系統は違うはずなのに、中曽根を含めてこの4人はよく似ていた。中曽根時代はソ連の力の衰えが目に見えるようになってきた時代でもある。レーガンが軍備拡張でゴルバチョフをいじめ、最後にゴルバチョフはお手上げになる。サッチャーは沈んだままだったイギリスを規制緩和という手段を使って金融大国に蘇生させ、その後のイギリスの栄光の序章を形作った。全斗煥は民主化勢力をいじめはしたが、韓国の安定を最大の目標に日米韓連携を重視、朴正煕の経済成長路線を踏襲した。  御厨氏の言葉はどうも意味不明なのだが「イデオロギー面を含めた『戦後』からの転換は未完に終わる」というのは、どういう意味なのだろうか? もしかすると平和憲法イデオロギーからの脱却つまり、憲法改正のことか、と思ったのだが、御厨氏は論文の最後に違う文脈で憲法改正の話を書いているので、どうも違うらしい。よく分からない。 ◆90年代は「戦後」の限界が指摘され、政治改革や行政改革さらには憲法改正など「改革」が時代のキーワードとなった。もっとも、89年に「昭和」から「平成」への代替わりと重なり、戦後憲法に育まれた最初の象徴天皇が登場、「戦後」的価値の肯定と再確認が行われた。  1990年代に「戦後」の限界が言われたのは具体的には湾岸危機、湾岸戦争で日本が国際貢献のために自衛隊を湾岸に出せるかどうか、をめぐる憲法論争が起きて、最終的に内閣法制局が縛りをかけて自衛隊の派遣を認めたのが最初だった。海部政権はこの国際貢献問題をめぐり竹下派の小沢幹事長と対立することもあって最終的には衆院解散を封じられ、総辞職する。その後、宮沢政権ではカンボジアPKO問題もあった。世界がグローバル化し、国際貢献が1980年代までのように単純ではなくなったことが日本にとって大きな問題となった。単純に米国の言うことを聞いていればよかった時代から、ある程度自分で判断しなければならない時代に変わったのに、自己決定できるような法制度になっていなかったことに気づいた心ある政治家たちは愕然とする。それが小泉政権時代の有事立法につながるのだが、それはまだ先の話だ。  昭和天皇の崩御は当時騒いだものの、まだ国民的に決着していない。というのも、戦犯問題が燻っているからだ。これに決着をつけるにはまだ生々しすぎるということなのか。 ◆「ぶっ壊す」と「構造改革」を叫び続け、5年半の長期政権を維持した小泉純一郎は、90年代に有名無実化していた「55年体制」と「自民党一党優位体制」にとどめを刺した。しかし新しい何かを生み出すことはなかった。  「戦後」というキーワードと小泉政権との関係は考えれば考えるほど難しい、と思う。対外的には中国との関係悪化があり、その原因は靖国神社参拝という戦後処理問題だったし、米国との関係もブッシュ=小泉関係で日米運命共同体を形作ったが、5年半の間に徐々に形骸化して米中関係が徐々に深く濃くなっていき、最終的には小泉政権ではないが、米国は日本を裏切るような北朝鮮のテロ支援国家指定解除をやってきた。北朝鮮の脅威に対応するため、遅まきながら有事立法を整備したものの、まだまだだし、基本的に日本の安全保障は片肺飛行で、米国の核兵器がなければ安全を確保できないことは誰が見てもはっきりしている。  「55年体制」にとどめを刺した、というのはどういうことなのか? これも意味不明だ。「自民党一党優位体制」にとどめを刺した、というのは「自民党をぶっ壊した」ということだろう。これは支持基盤を自らが掘り崩したという意味だろうから、それはそうだと思う。郵政で郵便局長の連合体を離反させ、農協も徐々に離反し、建設業界も離れていった。しかし、小泉ほドラスティックではないにしても、誰がやっても同じようなトレンドで政権運営をせざるを得なかったのではないか、とも思う。  「新しい何かを生み出すことはなかった」というのはどうか? 小泉政治の総括は難しいが、少なくとも今まで「日本よ国家たれ」などと批判されていた権力中枢のないという批判に対する答えは官邸強化と経済財政諮問会議の活用である程度の方向性を出したのではないか、と思うのだ。橋本龍太郎首相が断行した省庁再編で国家機構は変わった。大蔵省の絶大な権限を奪って官邸に予算編成権を持ってきたこと、それを小泉が実践したことの意味は大きいと思う。  飯尾潤氏が言うように、今の日本政治は官僚が支配する民主統治の構造から脱却していない。これを真の議会制民主政治に転換しなければならない  御厨氏も最後の段落で書いているが、憲法を実践することが大切で、それには旧態依然とした慣行をやめるしかない。  ただ、旧態依然とした慣行というのは弱者保護のための慣行、つまり少数野党を守るための国会規則であり、不文律だった。  だから、安倍晋三政権はこの慣行をほとんど無視し「憲法の規定にあるから」と強行採決を繰り返したら、マスメディアの徹底攻撃を受けた。新聞記者の頭の中は現実の政治を見ていない。お手本はスクラップブックだ。つまり、過去の記事を見ながら、今の情勢を書くのが記者だから、強行採決となれば「けしからん」という言葉が用意されているわけだ。  安倍政権は消えた年金問題や閣僚の事務所費問題など政治資金問題疑惑だけではなくこの強行採決への批判が内閣支持率ダウンの大きな要因となったのだろう。  安倍政権失墜の大きな原因はこの強権的国会運営も響いたはずだ。しかし、憲法の規定で言えばこの国会運営は許されてしかるべきだし、そんなに批判することはないということになる。この辺も難しいところだと思う。  御厨氏は、  <政治家は現行憲法の原則や規定に戻ってはどうか。そこには「強い首相」と「機能する国会」がある。もろもろの政治慣習から解き放たれ、原点からコトを考えるようになろう。そうすることによって「戦後」を自覚的にリセットし、政治の新たな飛翔を可能にすると思われる。>  と綺麗な言葉で書いているが、現行憲法の欠陥は昨年何度も新聞に取り上げられていたように、参議院の権限が異常に強いことだ。「強い首相」という抽象的な言葉の意味がよくわからないが、中曽根氏が勘違いして使っていた「大統領的首相」という意味ならば、小泉以後は実現している。ただ、議院内閣制だという一点でごねる自民党の守旧派を説得できるかどうかは首相やスタッフの力量だろう。小泉氏は自民党総務会を無視して郵政民営化を閣議決定して、押し切った。憲法に戻って首相が国会の今までの慣習を打ち破ってでも国会運営を行うのはいいのだが、限界はある。果たして原点からものを考えて、その先に「戦後」の自覚的リセットがあるのだろうか? これも言葉の遊びのように思えるのだが。  御厨氏は最後に、  <そして、逆説的だが、「戦後」から解放されて初めて、戦後憲法の改正が現実の日程に上ってくるに違いない。>  と書くのだ。私には意味が分からない。何を意味しているのだろうか? まあ、この辺は御厨氏の最も言いたいことなのだろうし、見出しにもなっている「強い首相」がキーワードだとすれば、首相主導でやってくれ、と言うことが言いたいのかとも思う。先を急ぎすぎたので、また、歴代内閣と戦後の問題に戻ろう。 ◆初の戦後生まれの首相となった安倍晋三は「戦後レジームからの脱却」をストレートに訴えた。しかしまことに皮肉なことに、安倍は「戦後」の枠組みに足を取られ、わずか1年で退陣を余儀なくされる。戦後憲法下の二院制国会で論理上起こりうる、衆参「ねじれ」状況を招いてしまったのだ。  「戦後」の枠組みに足を取られた、というのは何か? 年金問題なのか? 年金は戦後の枠組みというよりかは戦時体制の産物だろう。そうすると「戦後」の枠組みとは何なのか? これも私には意味不明だ。二院制の問題は安倍が足を取られたのではなく、参院選の敗北の結果足を踏み入れてしまった蟻地獄だろうから、違うだろう。分からない。 ◆福田康夫もなす術もなく、やはり1年で職を辞し、総選挙で勝てるタマとして選ばれた麻生太郎は早くも迷走状態のただ中にいる。  これはその通りで、福田辞任こそ「戦後」憲法の呪縛に倒されたのだろう。麻生太郎はまだ現在進行形でコメントしづらいが、解散権を事実上なくしてしまった首相である。選挙管理内閣だったのに選挙をしなかったからこうなった。  以上が御厨氏による歴代首相と「戦後」の関係だそうだ。  そして、「政権交代可能な二大政党制」による政権交代が起こりうる、としながらも、有権者もマスコミも政治家も「総選挙による政権交代」の意味を考えていないのはお寒い限りだ、と言う。政権交代が「戦後」に終止符を打つものか、「戦後」を延命させるものか、それが曖昧なままであることが問題なのだ、というのだ。器ではない麻生、首相になりたくない小沢が争うのは何とも情けない、とも書く。そして、  <必要なことは何か。あまりにも長く続き、歴代首相が克服できなかった「戦後」を終わらせるための総選挙であり政権交代であると、どちらもはっきり示すことだ。もちろん一度の総選挙で「戦後」がガラリと変わることはありえまい。しかし今年こそは「戦後」の終わりの始まりと認識すべきだ。そして「戦後」を乗り越えるために「強い首相」を作り出す必要がある。>  と書く。「強い首相」を作るべきだ、というのは大賛成だ。だが、どうしてそこに「戦後」が出てくるのか? 最近の御厨氏の本を読んでいないので、御厨氏がどういう意味で「戦後」という言葉を使っているのかよく分からないのだが、僕は日本国憲法の改正をもっと堂々と論戦できる空気が醸成できればそれでいいと思っている。個別具体的な問題でタブーが多すぎる。例えば、  核を持つべきかどうかも論争すべきだ。武器輸出三原則を今後も守るべきかどうか、も論争すべきだろう。同和問題、在日朝鮮人問題、外国人労働者問題、米国の人種差別問題、中国の人権問題、台湾が本当に中国の一部なのかどうかの問題、ロシアとの領土問題、満州に違法に攻めてきて強姦を繰り返し、男をシベリアに連れ去ったソ連の責任問題、米国が原爆という非人道兵器を使用した責任問題、靖国神社参拝問題、東京裁判は勝者の裁きだったのか人類として受け入れるべき裁きだったのかという問題、南京虐殺問題、大東亜戦争はアジア解放戦争だったのかという問題、戦争責任を日本人として問うていない問題――などなど日本人が心の奥底に押し込めている問題は非常に多い。これは多かれ少なかれ「戦争」「戦後」にかかわっている。  「戦後」を終わらせるということは、こういう問題に日本人としてある程度納得いく解答を得ることではないか。それを次の政権から始めることができるのかどうか。  僕はまだまだ30年はこのままの状態が続くのではないか、と思うのだが。

作者: たつ

更新日:2009年1月3日 21時28分

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歴史経済・政治・国際

各紙の元旦社説、何だか「切れ不足」っていう感じがするのだが……

 元旦の新聞は分厚くてなかなか読み終わらない。全部読む必要はないのだが、どうしても全部のページを繰ってしまうので、時間がかかる。お屠蘇気分で読み始めると、案外まともなことが書いてあるので、居ずまいを正すこともある。というのも、各紙、元旦の社説は論説委員長が書いたり、と普段とは違った力を入れたものになっているからだ。本当はお屠蘇気分で読むのではなく、もう少し批判的に比較検討して読むべきなのだろうが、そんな気分的なゆとりもなく、気づいたことだけを書き留めておこう。  「人間」をキーワードに大きな絵図面を示そうと努力していたのが朝日新聞と東京新聞だった。  朝日新聞は<混迷の中で考える 人間主役に大きな絵を>である。「100年に一度の津波」とグリーンスパン前FRB議長は言うが、たじろぐな、と言う。どうしてか、と言えば日本は過去1世紀半近い間にそれこそ国がひっくり返る危機に2度も直面し、克服してきたからだ、というのだ。福沢諭吉の「一身にして二生を経るがごとし」の言葉を引用し封建の世と明治の文明開化を生きた先達に思いを馳せながら、軍国主義日本が滅び民主主義の申請日本を築いたのがわずか60年余り前だ、と思い起こさせる。「いずれの場合も、私たちは大規模な変革を通して危機を乗り越えた」と。そして、今直面している複合的な危機の克服は、  <もういちど日本を作り直すくらいの大仕事になる。しかも、黒船や敗戦といった外からの力によることなく、みずから知恵と力で、この荷を背負わなければならない。>  という。そして、  <国民が望んでいるのは小手先の雇用や景気対策を超えた大胆なビジョ